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ラストラン ②アグネスデジタル

「キングヘイローがまとめて撫で切った!!」

時計の針を大きく進める。そう、あの高松宮記念だ。
鮮烈な末脚が弾けて緑のドレスが先頭に躍り出るとスタンドは大きく揺れた。
栄光、そして念願のタイトルをようやく手にした実感は、全力を振り絞ってゴールを駆け抜けて、真っ白になった視界に色が戻ってきた時に彼女に去来した。


「っ………しゃああああああ!!」


ゴール板を越え、やっとの思いでする呼吸が整った時、彼女は雄叫びを挙げた。

ここに至るまでにあった色々な事。シニアシーズンの出だしは抜群だったが、その後は苦難の道のりが延々と続いた。どの距離、どんな作戦が自分たちに向いているのか模索する日々、勝てない苛立ちにベテラントレーナーと衝突することなど日常茶飯事だった。前任のルーキートレーナーとの再会もあった。クラシックの時と比べ今のキングはどう変わったのか、そこから見えるヒントはないか。ベテランにとっては苦肉の策であっただろうが、キングは意外にもすんなりと前任の助言を乞うことを許した。藁にもすがる思いで勝利を欲し、辿り着いたスプリント路線という選択。そして、今。

雄叫びを挙げ、天を見上げながら自分の足取りを振り返りキングは微かに笑った。
そして視界と共に徐々に蘇る音、声。
わああああああとスタンドが鳴り、揺れている。自分の勝利をこれだけの人が待っていてくれたという事実がキングにとっては意外だった。自覚していたのだ、今まで自分は良家出身であることをプライドとし意地を張っていた。だから生意気な振る舞いで自身を鼓舞し、くじけない様にしてきた。その様は周りから見たら愚かに見えるだろう、惨めに見えるだろうと。身の丈に合わない10度のG1挑戦、この11戦目、当初クラシックを夢見ていた自分が流れ着くようにもぎ取った短距離王の座。そんな自分の泥臭い勝利に、これだけの祝福を贈ってくれている。たまらなかった。

大勢の観客で埋め尽くされたスタンドの正面に戻る。歓声がより大きくなる。
見やると、中には涙している者も居る。
その気持ちへの嬉しさで震えるのを我慢しながら、大きく深呼吸すると彼女は拳を突き上げながらスタンドに叫んだ。


「待たせたわね!やってやったわよ!!」


更に大きくなった歓声を後に、彼女は颯爽と地下バ道へと去っていく。そこにベテランの姿があった。静かにキングに拍手を向けるベテラン、目には光るものがあった。

「おめでとう…本当におめでとう。」
「あなたでも泣くことがあるのね。」
「こんな時ぐらい意地悪なコト言うのはやめてくれよ、大体君だって
 明らかに涙を堪えているじゃないか。」
「ふふっ」

潤んだ瞳で意地悪に笑いながら、キングが腰に手をあて息をつく。

「色々あったけど、あなたのおかげよ。まさかダートまで走らされるとは
 思っていなかったけど。」
「長く苦しませてしまった、ここまで耐えてくれた君の勝利だよ。」
「ふふっ!でも…これで終わりじゃないわ。ここからよ。」

静かにそう言ったキングに、ベテランは涙を拭きながら、少しの間を置いて「そうだな」と答えた。控え室に戻る彼女の背中を見守りながら、彼は自身で感じた予感を確信し、唇を噛んだ。


引き続き短距離からマイルのレース選択でのG1取りを狙う二人だったが、その後は掲示板にすら入れない結果も多かった。しかしキングが以前のような癇癪を起こすかと言えば、そういうことは全く無くなった。まるで自身を達観しているかのような彼女の姿にベテランは胸が締め付けられた。
夏合宿を終え迎えた秋のG1シーズン、目標に定められたのは11月のマイルチャンピオンシップ。
トレーニングとミーティングを終え、一息ついているとなんとも言えない間が流れた。二人とも解っているが言葉に出せない、このレースの結果が出てからにしよう。


ここまでか


結局、このレースも7着に敗れた。勝者は芝のレースで勝利経験の無かったアグネスデジタル。そう言えば夏合宿中に割とキングが親しげにしていたなとベテランが勝者を見ていると、そこに歩み寄るキングの姿があった。スタンドからでは何を話しているのか聞こえないが、敗れたにも関わらず誇らしげな所作を繰り返すキングに

「なるほどね、彼女らしい。」

と、切なく笑った。その後、いつも通りねぎらいの言葉をかけるも

「次走予定や今後の話は後日にしよう、今日はお疲れさま。
 とりあえず明日はゆっくり休んで。」
「ええ、そうさせてもらうわ。お疲れさま、トレーナー。」

あっさりとした解散。高松宮記念以降、こういうやり取りばかりだ。


その翌日のことだった。ベテランのトレーナー室のドアを叩く者が居た。

「あの、アグネスデジタルと申しますけど、キングヘイローさんの
 トレーナーさんはいらっしゃいますでしょうか?」

意外な来客にベテランが虚を突かれる。昨日の覇者が何故?ドアを開けると小柄なウマ娘がキリっとした顔をして立っていた。アグネスデジタル、トレーナーの間では「不審者」「保健室の常連」「倒れているウマ娘が居ると言えば大体デジタル」などと噂される問題児。ウマ娘に囲まれたくてトレセン学園に入学したんじゃないかという話もある。

「キングなら今日は休みだよ?」
「ええ、そうだと思っておりました。だから伺ったのです。是非とも
 トレーナーさんとお話ししたくて。」
「俺と?」

夏合宿やマイルチャンピオンシップの時のこともある、そこでキングがデジタルにどんな話をしていたのかベテランは確かに気になった。

「君も疲れているはずだ、本来ならレース翌日は学園を休むものだろ。
 そこまでして私と話を?」
「私のトレーナーさんには内緒にしておいて下さい…でも、今日じゃ
 なきゃダメなんです。あのレースを終えて、キングさんが居ない今の
 状況だからこそ私も話せるんです。」

噂のような危険人物感はない。ベテランは真剣な表情で訴えるデジタルの話を聞くことにした。

「こちらもいくつか聞きたいことがあったんだ。夏合宿から昨日の
 レースにかけて、キングは君に随分と目をかけていたみたいだが。」
「はい、それはもう本当に良くして頂いて…」

キングがデジタルに矜持を示し、それがどれだけデジタル自身にとっての教えとなったか。そんな話を興奮気味にデジタルは話した。デジタルはキングの狂信的なファンで、その走りをずっと見続けていたことも。苦戦を続けた果ての高松宮記念の激走に心打たれて、その勝者本人から習った様々な心得はデジタルにとって本当に大切なものだと彼女は語った。だからこそ。

「本当に君はキングのことを慕ってくれているんだな。」
「はい!」
「なら、大体これから君が言わんとしていることも解るよ。」
「…」

誤魔化す様にキングに対するありがたみを語っていたデジタルが、寂しそうな表情に変わった。


「あの、トレーナーさん。キングさんは…トゥインクルシリーズを降りる
 おつもりなのでしょうか?」


やっぱりな、という表情でベテランは苦笑いしため息をついた。

「キングさんには諦めない心の持ち方、何度でも挑み続ける姿勢、そう
 し続ける為の不屈の精神力…色々教わりました。」
「あの娘も偉そうにそういうこと語るの好きだからなぁ。」
「偉そうではありません!偉いのですキングさんは!」
「悪い悪い。で、何故そんなこと思ったのかな。何か感じ取れる部分が
 あったってことだろう?」
「…マイルチャンピオンシップで勝った時のことです、キングさんが
 私のことを称えてくれたんです。その時…」
「その時?」
「なんか…もうキングさんと一緒に走ることはないんじゃないかって。
 あの時のご教授がまるで最後の様だったので…」
「そういうことか…やっぱりあの娘らしいな。」
「オールラウンダーを目差し、たくさんのウマ娘ちゃんと競い合い
 なさいって。でも、そのご指示の中にはもうキングさんは含まれて
 いないんじゃないかって言い方に聞こえて…」

ベテラン自身も気付いてはいた。そしてデジタルの話を聞く限りではキング自身もどうやら「ここまで」を自覚しているのだと理解した。

「あ、あの!もしや私ごときに負けてしまったことが、その!!」
「おいおいおいおい本人がそれ聞いたらキレ散らかすぞ?」
「…」
「そんなんじゃないよ、君は鋭いけど意外と傲慢だな。自分のせいで
 なんて言うとはね。」
「う…すみません…」
「嬉しかったんだよ、教えを託した君が勝ったのがまるで自分のことの
 様にね。そこを勘違いされたら俺だって怒るぞ。ただあの舞台が限界の
 決め所になってしまっただけだ。君もキングのことを見続けていたの
 なら解るはずだ。」
「…」
「不屈、とは言っても、キングの脚に残された火はもう消えかかっている。
 君があの娘に一番の眩しさを感じたのはいつだ?」
「高松宮記念です…というより、それまでは負けられてても色んな形で
 輝いていらっしゃいました。それが…」
「その後は輝かなくなってしまった、と。」
「…はい。」
「ちゃんと見てくれていたんだね、本当に。あの娘もこんな後任が居て
 くれるなんて幸せだろう。」
「後任だなんてそんな…!」


「実際俺もね、高松宮記念でそれを感じていたんだ。キングのあの末脚は
 読んで字のごとく一世一代のものだった。まるで人生のロウソクの前借り
 をするかのような輝きだっただろう。」


あの時のベテランの涙の正体。勝てた喜びも大きいが、キングの余力をほぼ振り絞ってしまったという、トレーナーとしての情けなさ。そして、キング自身もそれを理解してたというのに言い出せなかった無力さ。あの高松宮記念のレース後の会話が思い出される、それまでのキングならば

「おーっほっほっほ!ここからキングのG1連勝街道の幕開けよ!
 更なる高みへ向けこれからもビシバシいくわよ、トレーナー!」

といった感じになるはずだ。その後のレースでも、負けたなら

「あなたの指導が悪いのよ、このへっぽこ!」

となるのがそれまでの通例だった。日毎に達観していくキングに、本人も解っているだろうがと思いながらも言い出せず今日まで来てしまった。そして、アグネスデジタルに感づかれる程、キングの火はやせ細ってしまった。


「未だに俺はトレーナーとして未熟なんだ。あの娘をここまで
 追い込んでしまってから、自分の情けなさに気付くとはね。」


アグネスデジタルは気まずそうにベテランの話を聞いていた。それに気付くとベテランはばつが悪そうに照れ笑いした。

「すまんな、おっさんの泣き言なんか聞かせてしまって。」
「いえ。でも…」
「でも?」
「実は、キングさんが一番眩しかったのは高松宮記念って言いましたけど、
 レースももちろん素晴らしかったのですが、一番かっこよかった瞬間って
 レース後だと思ったんです。」
「レース後。走っている姿ではなくてか。」
「はい。念願のG1に届いた時の雄叫び、大勢のファンの前での勝ち名乗り、
 これこそが皆が見たかったキングヘイローだって雰囲気の中でそれに応える
 キングさんの力強さと麗しさときたらもう…あ、すいません。ヨダレ出た。」
「…!!」

ベテランがハッとする。やはり自分は無能なトレーナーだ、まだ気付くことはあった。

「やっぱりキングは幸せな娘だよ、君に見ていてもらえたんだから。」
「はい!?」
「今日は話をしにきてくれてありがとう、デジタル。色々参考になる部分が
 あった、今後に活かさせてもらうよ。」
「ちょ、今後!?だってさっきまでしんみりとキングさんはもう限界だと、
 その、私もそうなんじゃないかって言いましたけども!?」
「すまん、仕事ができた。君も疲れているだろう、トレーナーに見つから
 ない様に気を付けて帰るんだぞ。」
「仕事ぉ!?」


「このまま終わるのはもったいない、そんな気がしてきたんだ。」




※どうでもいいあとがき

このあとベテラントレーナーは次のプランの資料集めに出かけますが、取り残されたアグネスデジタルはトレーナー室でキングのお宝を家捜ししました。

[ 2022/01/23 23:48 ] 雑感 独り言 | TB(0) | CM(-)