その日の午後、学園のカフェテリアには多くのウマ娘達が集まっていた。
目的は食事ではない、今からテレビで生中継される有馬記念の枠順抽選会を見る為だ。
有馬記念ほどの大レースになると普段はなんてことのない枠決めも一大イベントとして行われる。出走するウマ娘によるくじ引きで枠が決まるのだ。
有馬記念__それはファンにとってもウマ娘達にとっても特別なレース。
ファン投票により選ばれなければ出走が叶わない、ウマ娘達の憧れの舞台。出走するウマ娘達は、もうそれだけで学園生徒達の憧れと言っていいだろう。だからただの枠決めでもこれだけのウマ娘達の注目を集めるのだ。学園側も、高みにあるウマ娘の姿を見せることによる意識向上があるとして、この時間を自由時間にしていた。
集まって固唾を飲む面々の中には、もちろんキングと同期の4人とハルウララの姿があった。
「キングちゃん、いい枠が引けるといいんだけど。」
「んー、なんか思い切った作戦があるみたいだし、極端に外じゃ
なければどこでもいいんじゃない?」
「ケ!?また逃げちゃうんデスか!?ダービーみたいに!?」
「そういうことじゃないと思いますよ、エル。」
「キングちゃんがんばれー!!」
「まだがんばるところではないですよ、ウララさん。」
間もなく始まる生中継を待つ彼女達に、2人のウマ娘が話しかけてきた。
「あの、皆さんもキングの枠順抽選を見に?」
「あなた達は確か…」
「あ!キングちゃんといつもいっしょにいる人だ!キングコールの!」
「ええ、そうです。こんにちは。」
「キングコールガールズですネ。」
「エル。」
キングを慕う2人の後輩。キングに目をかけられて、いつの間にやら行動を共にする様になった彼女達も、この生中継を見に来ていた。
「キングが『必ず見なさい、私の勇姿を目に焼き付けるのよ』って。」
「本当にキングって大げさですよね、枠順抽選会で勇姿って。」
笑いながらそう言う2人にセイウンスカイが諭す様に言った。
「きっと見せてくれるよ、勇姿を。」
キョトンとする2人。不思議な空気感が漂う中、枠順抽選会がスタートする。
出走するウマ娘達が次々とくじを引き、出走に向けての決意表明をする。その度にカフェテリアが大いに沸いた。そして割と早い段階でキングヘイローの順番がやってきた。
「さあ、続いてはキングヘイローさんです。」
「おーっほっほっほ!よろしくお願いするわ!」
「では早速くじを引いて頂きましょう!」
ドラムロールが鳴る中、くじの入ったボックスに手を入れるキングヘイロー。くじを引きドラムロールがバンっと止まるのに合わせてカメラに向けて勢いよくくじを開いた。
「キングヘイローさんは5枠10番での出走になります!!」
「微妙ね!!!!!」
司会者の発表に間髪入れずにそう答えたキングの姿にカフェテリアはドッと沸いた。後輩の2人も「キングったら」とけたけた笑っていた。司会者がインタビューを続ける。
「キングさんは今年、高松宮記念を制し、それからも短距離や
マイルを中心に走り続けてこられましたから、出走登録をした
ことに驚いた方も多いと思うのですが。」
「でしょうね。」
「何故、という聞き方はおかしいかもしれませんが、今回の有馬参戦
を決定した理由というのはあるのでしょうか?」
「私に『この舞台に立って欲しい』と言ってくれる人がこれだけ居る
んだもの、断る理由は無いわ。」
「ファンの為に出走を決めた、と。」
「ええ。」
優しい顔で受け答えするキングを一同は真剣に見ていた。
「こういう距離を走るのは本当に久しぶりだと思うのですが、それでも
キングさん自身がそうしたかったということですね。」
「もちろん心配することも多いわ。でもこの時の為のトレーニングは
積んできたつもり。無様な姿をみせる為に出る気は無いわよ。」
「なるほど。」
「それに、一流のウマ娘が集まる一流の有馬記念こそ、一流である私の
トゥインクル最後の舞台に相応しいと思わない?」
「え!?」
司会者とカフェテリアが同じ反応をした。スタジオに居合わせたウマ娘達も同様に。
「トゥインクルシリーズでのキングの走りはこれで見納めよ!!
しっっっかり目に焼き付けておくことね、おーっほっほっほ!!」
もう少し詳しく聞こうとする司会者の横を、高笑いしながらキングはスタスタと退いてしまった。
「えー…大変な発表だったのでもう少しお話を聞きたかったんですが…
どうやらキングヘイローさん、これがラストランということらしいです…」
呆然とする司会者、ざわめくカフェテリア。同期組も後輩の2人も事態が飲み込めていない。
同じ時間、トレーナー室でその様子を見守っていたベテランの姿があった。
「やってくれるね、お嬢様。素晴らしいエンターテイナーっぷりだ、
最高のお膳立てだよ。」
セイウンスカイも同じ様なリアクションをしていた。
やれやれといった表情でポツリと呟く。
「こういうとこは流石だよね、キングって。」
知っている者以外は動揺が隠せないままだった。2人の後輩は肩を寄せ合い涙を流していた。スペシャルウィークとエルコンドルパサーは言葉を失い立ち尽くしていた。グラスワンダーは薄々感づいていたのだろう、拳を握りしめながら瞳でキングを応援するかのようにモニターをキッと見つめていた。
そんな中、意外な反応をしたのはキングと同室のハルウララだ。彼女はキングのインタビューをまるで自分のことの様に誇らしげに、嬉しそうに見ていたのだ。
「うんうん、やっぱりキングちゃんはかっこいいね!」
「え…ウララちゃん、キングちゃんがトゥインクルを降りることを
知っていたの?」
「ううん。しらなかった。」
「え?じゃあどうして驚かないの?キングちゃん、走るのやめちゃう
んだよ?」
「何言ってんのー、スペちゃん。キングちゃんは走るのやめたりしない
んだよ。『つぎのぶたい』にいくんだよ。それに、スペちゃんもセイ
ちゃんもエルちゃんもグラスちゃんも、走るのやめてないじゃん!」
4人がハッとする。後輩の2人も「えっ」という表情でウララの言葉を聞いた。
「ウララね、ちょっとまえにキングちゃんが元気ないなーってかんじる
時があってね。もしかしてキングちゃん、走れなくなっちゃうん
じゃないかって、こわくなったときがあったんだ。
だから聞いたの、キングちゃんに『走るのやめちゃうの?』って。
そしたらキングちゃんがね、あたしに『それはやめることができない
ことなのよ』って、わらいながら言ってくれたの。『トゥインクル
シリーズがおわっても、つぎのぶたいがあるの。レースで走ること
だけがすべてじゃないのよ』って。
そのときのキングちゃんはちょっとさびしそうだったけど、いまの
キングちゃんはすごくかっこいいの!ウララもキングちゃんみたいな
かっこいいウマ娘になりたいな!」
ウララは気付いていない。自分が今、どんな表情でそれを言っているか。
さっきまで誇らしげにニコニコしていた彼女の顔は、今も笑顔を絶やしてはいないが勝手に流れてくる涙でぐしゃぐしゃだ。
「でも、もっともっとレースで走るキングちゃんがみたかったな!」
改めてキングがトゥインクルを降りるという事が理解できたのだろう、ウララは溢れてくる涙を止めることができなかった。スペシャルウィークがウララの肩を抱き「そうだね、そうだね」と慰める。我を取り戻したエルコンドルパサーがスカイに詰め寄る。
「スカイ、知ってましたネ?」
「知ってたというよりは、気付いちゃってたんだよね。」
「どうして言ってくれないのデース!」
「今日こうやって皆を驚かすことができたんだから、キングとしては
大成功なんじゃないかなぁ。」
「私もなんとなく、そうなんじゃないかとは思っておりましたが。」
「やっぱりグラスちゃんも感づいてたか。」
「ケ!?私だけデスか!?」
「いや多分スペちゃんも…」
「知りませんでしたぁ…」
スカイが、まだ泣いているキングの後輩2人に声をかけた。
「君達も知らなかったんだね。」
「はい…」
「キング…」
「でも、ウララちゃんの言った通りだよ。ここで2人が泣いちゃってどう
するのさ?キングが走ることをやめるわけじゃないんだよ?君達が
ずっとメソメソしてたらキングだって走りにくくなっちゃうよ。」
「そう…ですよね。」
「…うん。」
「もうやれることはただ一つ。キングを応援してあげて。」
「「…はい!」」
カフェテリアの喧騒を余所に枠順抽選会は進行していく。今回の有馬記念の主役は言うまでもなくテイエムオペラオー、とうとう彼女の順番が回ってきた。学園でも聞き慣れた高笑いがモニターから流れるとウマ娘達は「いよいよだ」と注視した。そして___
「テイエムオペラオーさんは4枠7番での出走となります!」
「はーっはっはっはっは!さすがボク!走る前からセンターを取って
しまうとは、まるでウイニングライブのセンターが誰であるか暗示
しているようではないか!!」
「いや、センターではないのですが…16人出ますし…」
オペラオーが引いたのは全体のほぼ真ん中の7番。
それを見てベテランはトレーナー室で一人、苦い顔をした。
「随分と面倒くさいところを引いてくれたものだな」
この時、カフェテリアの片隅のテーブルに一人離れて枠順抽選会を見守っていたウマ娘の姿があった。
アグネスデジタルだ。
全ての抽選が終わりウマ娘達が解散していく中、彼女は一人残り何やら考えていた。
「おい、アグネスデジタル。枠順抽選会はもう終わったのだぞ。
自由時間終了だ、早く教室に戻れ。」
「ひゃっ、エアグルーヴ先輩!!あわわわすみません、すぐに
戻ります故!」
エアグルーヴに注意され慌てて戻るアグネスデジタルだったが、この時にある決意を固めていた。
「…用意をしなければ!!」
☆あとがき
実際のところ、確かキングヘイローは有馬記念終了後に引退を発表したんじゃなかったっけかな。
なのでお話としての演出みたいになっちゃいましたがお許しを。
で、ウマ娘のゲームの方でアドマイヤベガが実装されましたが、双子だったけれど兄弟は堕胎されてしまったというエピソードが全面に出されたヘビーなストーリーらしいですね(ウチには来てねえ)。
こうなると困っちゃうことが。
アドマイヤボスの描き方どうしよう…アドマイヤベガの全弟である彼が、例の有馬ではかなり重要なポジションになるんですけど…そのままアヤベさんの妹として登場させるべきか否か。そんなヘビーなシナリオが公式で出された上で
「別の妹も居たの!?」って展開はどうかなぁ。
や、そのままアヤベさんの妹として出そうと思います。その方がオペラオーとの絡みも強くなるし。
http://tiltowait0hit.blog.fc2.com/blog-entry-1459.htmlラストラン ⑤枠順抽選会
[ 2022/02/20 01:46 ]
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