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ラストラン ⑤枠順抽選会

その日の午後、学園のカフェテリアには多くのウマ娘達が集まっていた。
目的は食事ではない、今からテレビで生中継される有馬記念の枠順抽選会を見る為だ。
有馬記念ほどの大レースになると普段はなんてことのない枠決めも一大イベントとして行われる。出走するウマ娘によるくじ引きで枠が決まるのだ。

有馬記念__それはファンにとってもウマ娘達にとっても特別なレース。
ファン投票により選ばれなければ出走が叶わない、ウマ娘達の憧れの舞台。出走するウマ娘達は、もうそれだけで学園生徒達の憧れと言っていいだろう。だからただの枠決めでもこれだけのウマ娘達の注目を集めるのだ。学園側も、高みにあるウマ娘の姿を見せることによる意識向上があるとして、この時間を自由時間にしていた。

集まって固唾を飲む面々の中には、もちろんキングと同期の4人とハルウララの姿があった。

「キングちゃん、いい枠が引けるといいんだけど。」
「んー、なんか思い切った作戦があるみたいだし、極端に外じゃ
 なければどこでもいいんじゃない?」
「ケ!?また逃げちゃうんデスか!?ダービーみたいに!?」
「そういうことじゃないと思いますよ、エル。」
「キングちゃんがんばれー!!」
「まだがんばるところではないですよ、ウララさん。」

間もなく始まる生中継を待つ彼女達に、2人のウマ娘が話しかけてきた。

「あの、皆さんもキングの枠順抽選を見に?」
「あなた達は確か…」
「あ!キングちゃんといつもいっしょにいる人だ!キングコールの!」
「ええ、そうです。こんにちは。」
「キングコールガールズですネ。」
「エル。」

キングを慕う2人の後輩。キングに目をかけられて、いつの間にやら行動を共にする様になった彼女達も、この生中継を見に来ていた。

「キングが『必ず見なさい、私の勇姿を目に焼き付けるのよ』って。」
「本当にキングって大げさですよね、枠順抽選会で勇姿って。」

笑いながらそう言う2人にセイウンスカイが諭す様に言った。

「きっと見せてくれるよ、勇姿を。」

キョトンとする2人。不思議な空気感が漂う中、枠順抽選会がスタートする。

出走するウマ娘達が次々とくじを引き、出走に向けての決意表明をする。その度にカフェテリアが大いに沸いた。そして割と早い段階でキングヘイローの順番がやってきた。

「さあ、続いてはキングヘイローさんです。」
「おーっほっほっほ!よろしくお願いするわ!」
「では早速くじを引いて頂きましょう!」

ドラムロールが鳴る中、くじの入ったボックスに手を入れるキングヘイロー。くじを引きドラムロールがバンっと止まるのに合わせてカメラに向けて勢いよくくじを開いた。


「キングヘイローさんは5枠10番での出走になります!!」
「微妙ね!!!!!」


司会者の発表に間髪入れずにそう答えたキングの姿にカフェテリアはドッと沸いた。後輩の2人も「キングったら」とけたけた笑っていた。司会者がインタビューを続ける。

「キングさんは今年、高松宮記念を制し、それからも短距離や
 マイルを中心に走り続けてこられましたから、出走登録をした
 ことに驚いた方も多いと思うのですが。」
「でしょうね。」
「何故、という聞き方はおかしいかもしれませんが、今回の有馬参戦
 を決定した理由というのはあるのでしょうか?」
「私に『この舞台に立って欲しい』と言ってくれる人がこれだけ居る
 んだもの、断る理由は無いわ。」
「ファンの為に出走を決めた、と。」
「ええ。」

優しい顔で受け答えするキングを一同は真剣に見ていた。

「こういう距離を走るのは本当に久しぶりだと思うのですが、それでも
 キングさん自身がそうしたかったということですね。」
「もちろん心配することも多いわ。でもこの時の為のトレーニングは
 積んできたつもり。無様な姿をみせる為に出る気は無いわよ。」
「なるほど。」
「それに、一流のウマ娘が集まる一流の有馬記念こそ、一流である私の
 トゥインクル最後の舞台に相応しいと思わない?」
「え!?」

司会者とカフェテリアが同じ反応をした。スタジオに居合わせたウマ娘達も同様に。


「トゥインクルシリーズでのキングの走りはこれで見納めよ!!
 しっっっかり目に焼き付けておくことね、おーっほっほっほ!!」


もう少し詳しく聞こうとする司会者の横を、高笑いしながらキングはスタスタと退いてしまった。

「えー…大変な発表だったのでもう少しお話を聞きたかったんですが…
 どうやらキングヘイローさん、これがラストランということらしいです…」

呆然とする司会者、ざわめくカフェテリア。同期組も後輩の2人も事態が飲み込めていない。

同じ時間、トレーナー室でその様子を見守っていたベテランの姿があった。
「やってくれるね、お嬢様。素晴らしいエンターテイナーっぷりだ、
 最高のお膳立てだよ。」

セイウンスカイも同じ様なリアクションをしていた。
やれやれといった表情でポツリと呟く。
「こういうとこは流石だよね、キングって。」

知っている者以外は動揺が隠せないままだった。2人の後輩は肩を寄せ合い涙を流していた。スペシャルウィークとエルコンドルパサーは言葉を失い立ち尽くしていた。グラスワンダーは薄々感づいていたのだろう、拳を握りしめながら瞳でキングを応援するかのようにモニターをキッと見つめていた。
そんな中、意外な反応をしたのはキングと同室のハルウララだ。彼女はキングのインタビューをまるで自分のことの様に誇らしげに、嬉しそうに見ていたのだ。

「うんうん、やっぱりキングちゃんはかっこいいね!」
「え…ウララちゃん、キングちゃんがトゥインクルを降りることを
 知っていたの?」
「ううん。しらなかった。」
「え?じゃあどうして驚かないの?キングちゃん、走るのやめちゃう
 んだよ?」


「何言ってんのー、スペちゃん。キングちゃんは走るのやめたりしない
 んだよ。『つぎのぶたい』にいくんだよ。それに、スペちゃんもセイ
 ちゃんもエルちゃんもグラスちゃんも、走るのやめてないじゃん!」


4人がハッとする。後輩の2人も「えっ」という表情でウララの言葉を聞いた。


「ウララね、ちょっとまえにキングちゃんが元気ないなーってかんじる
 時があってね。もしかしてキングちゃん、走れなくなっちゃうん
 じゃないかって、こわくなったときがあったんだ。
 だから聞いたの、キングちゃんに『走るのやめちゃうの?』って。

 そしたらキングちゃんがね、あたしに『それはやめることができない
 ことなのよ』って、わらいながら言ってくれたの。『トゥインクル
 シリーズがおわっても、つぎのぶたいがあるの。レースで走ること
 だけがすべてじゃないのよ』って。

 そのときのキングちゃんはちょっとさびしそうだったけど、いまの
 キングちゃんはすごくかっこいいの!ウララもキングちゃんみたいな
 かっこいいウマ娘になりたいな!」


ウララは気付いていない。自分が今、どんな表情でそれを言っているか。
さっきまで誇らしげにニコニコしていた彼女の顔は、今も笑顔を絶やしてはいないが勝手に流れてくる涙でぐしゃぐしゃだ。


「でも、もっともっとレースで走るキングちゃんがみたかったな!」


改めてキングがトゥインクルを降りるという事が理解できたのだろう、ウララは溢れてくる涙を止めることができなかった。スペシャルウィークがウララの肩を抱き「そうだね、そうだね」と慰める。我を取り戻したエルコンドルパサーがスカイに詰め寄る。

「スカイ、知ってましたネ?」
「知ってたというよりは、気付いちゃってたんだよね。」
「どうして言ってくれないのデース!」
「今日こうやって皆を驚かすことができたんだから、キングとしては
 大成功なんじゃないかなぁ。」
「私もなんとなく、そうなんじゃないかとは思っておりましたが。」
「やっぱりグラスちゃんも感づいてたか。」
「ケ!?私だけデスか!?」
「いや多分スペちゃんも…」
「知りませんでしたぁ…」

スカイが、まだ泣いているキングの後輩2人に声をかけた。

「君達も知らなかったんだね。」
「はい…」
「キング…」
「でも、ウララちゃんの言った通りだよ。ここで2人が泣いちゃってどう
 するのさ?キングが走ることをやめるわけじゃないんだよ?君達が
 ずっとメソメソしてたらキングだって走りにくくなっちゃうよ。」
「そう…ですよね。」
「…うん。」
「もうやれることはただ一つ。キングを応援してあげて。」
「「…はい!」」

カフェテリアの喧騒を余所に枠順抽選会は進行していく。今回の有馬記念の主役は言うまでもなくテイエムオペラオー、とうとう彼女の順番が回ってきた。学園でも聞き慣れた高笑いがモニターから流れるとウマ娘達は「いよいよだ」と注視した。そして___

「テイエムオペラオーさんは4枠7番での出走となります!」
「はーっはっはっはっは!さすがボク!走る前からセンターを取って
 しまうとは、まるでウイニングライブのセンターが誰であるか暗示
 しているようではないか!!」
「いや、センターではないのですが…16人出ますし…」

オペラオーが引いたのは全体のほぼ真ん中の7番。
それを見てベテランはトレーナー室で一人、苦い顔をした。


「随分と面倒くさいところを引いてくれたものだな」


この時、カフェテリアの片隅のテーブルに一人離れて枠順抽選会を見守っていたウマ娘の姿があった。
アグネスデジタルだ。
全ての抽選が終わりウマ娘達が解散していく中、彼女は一人残り何やら考えていた。

「おい、アグネスデジタル。枠順抽選会はもう終わったのだぞ。
 自由時間終了だ、早く教室に戻れ。」
「ひゃっ、エアグルーヴ先輩!!あわわわすみません、すぐに
 戻ります故!」

エアグルーヴに注意され慌てて戻るアグネスデジタルだったが、この時にある決意を固めていた。


「…用意をしなければ!!」



☆あとがき
実際のところ、確かキングヘイローは有馬記念終了後に引退を発表したんじゃなかったっけかな。
なのでお話としての演出みたいになっちゃいましたがお許しを。

で、ウマ娘のゲームの方でアドマイヤベガが実装されましたが、双子だったけれど兄弟は堕胎されてしまったというエピソードが全面に出されたヘビーなストーリーらしいですね(ウチには来てねえ)。
こうなると困っちゃうことが。

アドマイヤボスの描き方どうしよう…

アドマイヤベガの全弟である彼が、例の有馬ではかなり重要なポジションになるんですけど…そのままアヤベさんの妹として登場させるべきか否か。そんなヘビーなシナリオが公式で出された上で「別の妹も居たの!?」って展開はどうかなぁ。

や、そのままアヤベさんの妹として出そうと思います。その方がオペラオーとの絡みも強くなるし。

[ 2022/02/20 01:46 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ④マイ・ジェネレーション

「ふあぁ…おはよー…」
「もう『おそよう』じゃなくて?」

セイウンスカイが気だるそうに朝練のグラウンドに姿を見せた時、キングヘイローは既に走り込みのメニューを消化していた。

「ケガ人には優しくしてくださいよー。」

この時、セイウンスカイは脚の腱を傷めていた。朝練と言っても本格的なトレーニングはできない。腱の怪我は非常に厄介だ、完治し辛いし再発もしやすく、競走能力も著しく低下してしまうケースが多い。セイウンスカイも例に漏れず長期の戦線離脱中、だが彼女はトゥインクルシリーズを降りるという判断をしなかった。復帰に向け、せめて筋力が落ちない様にと脚への負担の無い軽めのトレーニングを続けている。

「あ、セイちゃん!やっと来た!」
「スペちゃんおはよー。」

スペシャルウィークはもうトゥインクルシリーズを退いた身だったが、スカイの復帰を応援しようと一緒に朝練を続けていた。グラウンドの反対側には並走するグラスワンダーとエルコンドルパサーの姿もある。スカイの姿を見つけたエルがこちらに元気良く手を振っていた。
トゥインクルを降りたと言っても走るのをやめるということにはならない。彼女達はステージに残り戦い続けているキングとスカイのサポートの為、そして自身の鍛錬の為に今も走り続けている。

「セイちゃん、ビッグニュースだよ。」
「なになに~?」
「キングちゃんが有馬記念に出走登録したの!」
「…ほぉ。」
「もう、スペシャルウィークさんったら、いきなりその話?」

前のめり気味になるスペシャルウィークとは対照的に、セイウンスカイは妙に冷静というか、つまらなさそうとも取れる素っ気ない反応をした。当のキングはそれを気にする様子も無く、汗を拭いながらドリンクを飲んでいる。そこに並走していたグラスワンダーとエルコンドルパサーが合流してきた。

「キングもイジワルです、隠してましたネ?グラスはどう思います?」
「サプライズですよね、うふふ。」
「サプライズってことじゃないわよ、ファン投票あっての登録でしょ。
 あの結果を見て登録したのよ。」
「あ、自慢デス。天狗になってます。テングヘイローです。」
「ちょっとエルコンドルパサーさん!?」

同期である彼女達。少し前までは互いをライバルとして凌ぎを削り合ってきた仲だが、それ故に友情というものも深まった。だからこそ今こうしてターフに残る二人を応援し、切磋琢磨し続けている。

しかし、キングヘイローはこの4人と肩を並べて扱われることが少なかった。クラシックを無冠で終えてからは戦場をマイルや短距離を中心に移し、彼女達と戦う機会は減り、その世代の担い手の一人として見られていなかった___
と、キング自身はそう思っていた。

「スペシャルウィークさん、グラスさん、中山2500mを走りきる上での
 コツみたいなものがあったら教えて。これからのトレーニングに反映
 させたいの。何しろ時間が無いんだもの。」
「あー…それはグラスちゃんの方がー…」
「コツ、ですか。そうですね…まずスタートしてからペースが固まるまで…」

前年の有馬記念で死闘を演じた二人にキングがアドバイスを乞う。
その様子をセイウンスカイはぼんやりと眺めていた。

「スカイ元気ないですね。脚痛いですか?」
「そうじゃないよ、でも、なんかね。」
「でも?」
「ううん、なんでもない。エルちゃん、ストレッチの補助頼んでいい?」
「?…わかりました、お安いご用デス。」
「キングが有馬記念かあ…」
「キング、ちょっと前までなんかおとなしかったけど、最近は元気デス!
 安心しました!」
「朝からあんな感じだったの?」
「一番乗りでしたよー、張り切っているのデショウ。」

ストレッチをする二人にキングが話かけてきた。

「スカイさんの脚の怪我、まだ治るまで時間掛かるのね。」
「うん、まだまだ掛かっちゃうみたい。」
「そう…」
「うーむ、しかしキングには悪いコトをしてしまいました。まさか
 有馬記念に出るとは。計算外デス。」
「へ?どういうこと?」

「合宿中にオペラオーを更に強くしてしまいました!!」

エルコンドルパサーは何故か自慢気に腰に手を当て不適に笑いながらそう言った。
テイエムオペラオー。キング達の一つ下の世代のウマ娘で、この年のシニア中長距離G1を総ナメにしている猛者だ。当然この有馬記念でファン投票1位を獲得し出走登録もされている。
前年の有馬記念でオペラオーと対峙したスペシャルウィークとグラスワンダーも話の輪に加わってきた。

「オペラオーさん、昨年の有馬記念の時も充分強かったけど…」
「今年のオペラオーさんからは異質な強さを感じます。エル、更に強くなった
 とは、彼女とどの様なトレーニングを?」
「ビーチプロレスデース!!」
「プ、プロレス…?」
「オペラオーは私のプロレス仲間なのデース!!キングもプロレスすれば
 強くなれますよー!!」

エルの突拍子もない発言にキングの頬がひくついた。これには流石のスペシャルウィークも苦笑いをしていた。
「プロレスはともかく」
グラスワンダーが優しく笑いながら話を断ち切り、キングに言う。

「オペラオーさんが強いのは紛れもない事実、有馬記念で勝つにはまず
 あの方を倒さねばなりません。キングさんには私達の分まで力を出し
 切って頂かないとなりませんね。」

グラスの微笑みが冷酷にも思えてしまったキングが、溜め息をつきながら返す。


「あなた達の分までって、重すぎよ?」


一同が「確かにそうかも」と笑う。ただ一人、セイウンスカイを除いて。



放課後。

「ちょっと時間いいかな?」

セイウンスカイがキングに声をかける。朝練から今に至るまでスカイの様子が少しいつもと違うと感じていたキングは、少し間を置いて「ええ」と答えた。
夕暮れの女神像前、ベンチに腰をかける二人。周りには誰も居ない。
セイウンスカイが切り出す。

「皆に言ってないでしょ?」
「有馬記念のことは急だったの。」
「そうじゃなくて。」
「…」
「やっぱり。待っててくれないんだね。」
「…あなたが戻ってくるのが遅すぎなのよ。」

セイウンスカイは気付いていた、これがキングのラストランであるということを。

「わかりやすすぎ。でもスペちゃんとエルちゃんは言わないと気付かない
 だろうね、グラスちゃんは解ってるんじゃないかな。」
「はー…まあ、隠しているつもりもないのだけど。」
「あーあ、残念。復帰したらまずキングをけちょんけちょんにしてあげようと
 思ってたのになー。」
「それはこっちのセリフだわ。このままじゃスカイさんに一度もレースで勝て
 なかったことになってしまう、屈辱だわー…」
「言ってくれるね。」

寂しそうにセイウンスカイが笑う。その横顔を見ながらキングがスカイに尋ねる。

「私からもいいかしら。」
「どーぞ。」
「私は…あなた達のライバルだったのかしら?」
「…らしくないじゃん。」
「あなただから聞いてるの。」

スカイはちょっと呆れた様な表情を浮かべた。キングは至って真剣だった。

「どう答えて欲しいのか知らないけどさ、私はライバルだと思っているし
 皆もそう思っているよ。」
「…クラシックでは勝つことができなかった、シニアになってからは対戦
 することもままならなかった、そんな私があなた達のライバルと本当に
 思われているのかって。」
「…」
「グラスさんに『私達の分まで』って言われた時、嬉しい反面、本当に重く
 感じたの。おばかよね、一流ならば『任せて』くらい言えるはずなのに。」
「はぁ…やっぱキングって変なトコで真面目だよね。」
「…私は、あなた達のライバルとして有馬記念に立ちたい。でも、そうしても
 いいの?って気持ちもあるのよ。」
「キング。」
「…」


「絶対にそうして。ラストランなら尚更だよ。」
「…!」
「私達のライバルとして、私達の世代の代表として走って。」


スカイが彼女らしくない力強い口調で言い放つ。

「みんなしてもう…本当に重いわよ…」
「重く感じるのは皆が本気で言ってるからだよ。」
「実は私、今日の朝が怖かったの。有馬記念に出ることを皆に反対される
 んじゃないかって。トレーナーと考えて決めた出走だけど、長距離戦は
 もう無理だろう、無謀だろうって言われるんじゃないかって…」
「誰かそう言った?」
「誰もそう言わなかったわ…」


「だろうね。みんながライバルだから、キングのその挑戦を無謀になんて
 思えないんだ。グラスちゃんの言葉も本気だよ。」


傑物揃いの世代にあって、確かにキングの戦績は泥臭いものだった。それでも、その頂点を極めた同期達がキングの有馬記念出走を応援してくれるという、この世代のライバルとして走ってもいいという、あのテイエムオペラオーにも負けないでほしいと願ってくれているという事実が、実感が、キングに熱くこみ上げてきた。

「あれ?キング泣いてる?」
「スカイさんがらしくないことを言うからびっくりしちゃったのよ!」

最早何の言い訳にもなってない返しにスカイは笑い転げた。キングは瞳を潤ませながらもフンっと虚勢を張る。夕日が沈みかけていた。

「ラストランは枠順抽選会で発表するって決めているの。」
「ああ、なるほどね。」
「絶っっっ対にみんなにはそれまで内緒にしておくのよ!?」
「どうしよっかなぁ~。」
「んもうっ!!本当に頼むわよ!!」
「あはは、寒くなってきたね。帰ろ。」
「フンッ!」

それぞれの寮への帰路、他愛もない会話。さっきまでラストランの、有馬記念のことを話していたとは思えない軽い口論なんかをしつつ、その分岐点に差し掛かった時。

「キング。」
「何よ?」

スカイが右拳を握りしめ、キングに差し出した。
キングはその無念の詰まった拳に、自分の拳を合わせる。


「頼んじゃうよ。」
「わかったわ。」


そうして沈む夕日の方向に向かっていくキングは、スカイに一瞥もくれなかった。ただただ颯爽としていた。でも、少しだけ肩が震えているのが見て取れた。


「そういうとこだよ。気を遣い過ぎだよ、逆に残酷だよ。」


キングの背中が遠くなるのを見届けると、スカイはその場で泣き崩れた。



「復帰したい理由がまた減っちゃった」




☆どうでもいいおまけ

自分のことを頑なにフルネームで呼ぶキングヘイローを訝しむスペちゃんがセイちゃんに何故かと相談しました

「なんかよそよそしく感じちゃって。」
「スペちゃん。」
「はい。」
「キングはお嬢様だから皆を『ちゃん』付けで呼べないの。
 『さん』付けしかできないの。」
「それは知ってるけど…関係無くないかなぁ?」
「選択肢をあげよう。」
「選択肢?」

「スペさん、スペシャルさん、ウィークさん、
 スペシャルウィークさん。どれがいい?」
「…スペシャルウィークさんでいいです。」



自分のことを頑なにフルネームで呼ぶキングヘイローを訝しむエルがグラスに何故かと相談しました

「なんかよそよそしく感じマス。」
「エル、キングさんはお嬢様だから『ちゃん』付けで人のことを
 呼べないの。だから『さん』付けで呼ぶのよ。」
「知ってマス、だから『エルさん』でいいでしょう?」
「うーん…」
「うーん…」

「嫌われているのでは?」
「グラぁス」



☆あとがき

正直、ウマ娘というコンテンツを当初はナメておりました。何故牡馬まで美少女化しとるねんって。何でも美少女化すりゃいいもんでもないだろうと。
アニメでその印象はブッ壊されましたね、速攻で。

特にライバル同士の描き方が秀逸だなって思いました。
それまでの競馬ファンであればトウカイテイオーとメジロマックイーンは単なる敵同士であり、それぞれのファンだって「どっちが強いか」で論争を起こすように相容れないものだったと感じています。ウオッカとダイワスカーレットもそう。この2頭に関してはファン同士がケンカ
になる勢いあったもんね。それを親友として無理なく描けていたのには驚きました。
私が好きなのはライスシャワーの天皇賞出走を説得するミホノブルボンかな。無敗の三冠を阻まれたブルボンが、その相手であるライスシャワーに「あなたは私のヒーローだからです」って言うシーン。よくぞブルボンにそのセリフを言わせてくれたと、これは史実のブルボンが好きだった私としても本当に嬉しかったです。

で、アニメの1期である98年世代。ここのライバル同士の関係性こそ、その最たるものだと思うのですが、残念ながらキングヘイローはアニメで深く掘り下げられませんでした。スペシャルウィークを主役にして追いかけたら、そりゃ後半の出番は無くなっちゃうよね。

そして2期が終わる頃にゲームリリース。それぞれのウマ娘に設けられたシナリオ。

キングがクソかっけぇ……

この世代、当初はキングヘイローがクラシック有力候補筆頭ではあったものの、三冠レースではセイウンスカイに勝てず、ダービー以降はスペシャルウィークにも差を付けられ、別路線を歩むグラスワンダーとエルコンドルパサーの影にも埋もれて、確かにキングヘイローはこの4頭と比べて一枚も二枚も落ちる見栄えだったと思います。ゲームではデビュー時からこの4人に差を付けられている様な始まり方してますけど。
まあゲームなので多少慣れてくると簡単に4強に勝てる様にはなっちゃうんですけどリリース当初は「キングヘイロー難易度高い」ってよく言われてましたよね。あとライスシャワーは地獄とか。
実際難しかったなぁ、キング。だから当初は「負けることが前提」みたいな部分があったからこそのシナリオになっていて、初めてシナリオクリアした時にガッツポーズ出ちゃったのを覚えてます。

最終目標の天皇賞秋を勝つとキングヘイローが一緒に走っていたスペシャルウィークとセイウンスカイにこう言うんですよね。

「あなたたちのことが憎かった」
「なんで私はあなたたちと同じ年にデビューしてしまったんだろうって」

そう正直に言った後に「今はこの世代で良かったって思っている、私のライバルでいてくれて、ありがとう」って告げるんですけど、初期リリース組でこういう醜い感情を素直に出したのってキングだけなんじゃないかな?むしろ妬んだりしてそう思う方が普通なんだけど、アニメでは妬みを原動力にしてる娘は居なかったし。
他のウマ娘と比べて人として「生々しい」って思いましたね。そこが逆に素敵。

ウマ娘の二次創作というと、設定から成るカップリングとか各々のキャラ(あくまでウマ娘としての)を活かしたイラストやマンガが多いですが、元の競馬から入ってる身としては「このキングのキャラを史実側に落とし込んでみたい」って気持ちを突き動かされました。
その上で何故、題材を勝ってもいない有馬記念にしたか。


このゲームやってからあの有馬記念を見るとね、今までと違う物が見えてくるんです。


次回からは枠順抽選会と、その有馬記念へと移行していきます。
思っていたより長くなっちゃいましたがちゃんと最後まで書こうと思います。

[ 2022/02/12 00:32 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ③もう一度だけ

翌日の朝。

「あら、早いのね。」
「…先に居た君に言われると嫌味にしか聞こえんのだが。」

トレーナー室にはベテランよりも先にキングヘイローが来ていた。

「これを渡したくて。」
「そうか。」

言葉数の少ない会話、互いが理解している証拠だ。キングヘイローがベテランに差し出した封筒には、妙に力強い筆文字で「退部届」と書いてある。ベテランは「ふぅ」と息をつき、断るわけでもなくそれを受け取った。

「すんなりと受け取ってくれたってことは、あなたも解っていたって
 ことなのね。」
「なんとなくな。」
「…お世話になったわ、高松宮記念を勝てたのはあなたのおかげよ。」
「そう言ってくれると報われるよ。」
「コーヒー淹れておいたから。飲むでしょう?」
「朝のこの部屋は本当に寒いからな、君も少し暖まっていきなさい。」
「…そうさせてもらうわ。」

踏ん切りをつけたキングは穏やかだった。

「もうこれ以上は登れない、そう自分で判断したの。」
「俺も気付くのが、いや、俺から君に言うのをためらい過ぎていてな。」
「どの辺りで?」
「高松宮記念のレース後。いつもの君なら俺に得意げに高笑いしそうな
 ものだろ?だが、君はそうしなかった。おかしいと思ったよ。その後の
 レースも君は頑張ってはいたが、何かが違った。」
「よく見てるのね…隠せないものね、ウララさんにも気付かれてしまって
 いたわ。」
「同室の?」
「あの娘はね、空気は読めないけど、空気が変わったことに気付くことは
 できるのよ。今までの私と何かが違うって感じさせてしまったんだわ。」
「そうか…」
「G1を勝てたことで、知らず知らずの内に糸が切れてしまったのかしら。」

ベテランが退部届をデスクに置く。
キングは寂しそうな笑みを浮かべ窓の外を見ながら言葉を続けた。

「これ以上走っても敗北を積み重ねるだけ。デジタルさんに高説じみた
 ことを垂れた矢先にこんなことを決めてしまって、あの娘に顔向け
 できないけれど、醜態をさらし続けるのも辛いわ。」
「…」
「わかっててもらえていた様で話が早くて助かったわ。今までありがとう、
 トレーナー。」
「ああ。次で最後にしよう。」
「そうね、次で………って、次ぃ!?」

ベテランのサクッとした切り返しにキングの声が裏返る。


「もう一度だけ走ってくれないか。有馬記念で。」


今までの雰囲気をダイナミックに破壊したベテランに、キングは動揺を隠せなかった。ここまでの会話で彼が充分に自分の限界を感じていることは解った、それなのに次という言葉が出てくるとは考えもしなかったから。
しかも「有馬記念で」と言うではないか。自分にスプリンターとしての道を歩ませ、その通りに頂点に立たせたトレーナーの判断とは思えない選択肢だ。正気じゃない。
先ほどまでの穏やかな表情から一変し「何を言ってるんだこの人は」という呆れ顔でキングが直球をベテランにぶつける。


「あなた、ひょっとして相当なおばかなの?自分で何言ってるか
 解ってるの?ひょっとしてタキオンさんに変な薬盛られてる?」
「いやぁ、ちょっと前のコトなのに妙に懐かしいな、君のそういう
 感じ。最近違ってたもんな。」


静謐な空気が崩れ落ちる。先ほどまで寒かったトレーナー室が妙に暖かく感じられる。自分の決断を小馬鹿にされたような雰囲気なのに、ベテランの言うことは悪い冗談にしか聞こえないのに、キングはこの男が語るであろうその先を聞きたくなった。

もう一度走ってもいいのか、もう一度なら走れるのか。

このベテラントレーナーは正論と無難の塊だ。そこを前提とした策士だ。
それが今、無策と無謀と無根拠と、無理を言おうとしている。
自分に出来ること探してを言ってきた人が、自分には出来ないことを言おうとしている。

有馬記念という憧れの勲章を題材に。

「ちょっと整理させてもらえる?まず聞くけど、本気なの?」
「こんなジョークあるか。」
「ならば何故、有馬記念?」
「そこしかないからだ。」
「ふぅん…それはトレーナーとしての判断なの?」
「いや、ファンとしての希望だな。」

あしらうつもりで「それはトレーナーとしての判断なの?」と聞いたキングはがくりと首を下げた。ニヤけながらベテランが復讐にかかる。

「君のトレーナーがこんな判断するわけないじゃないか。狂ってるわ。
 いつから君は2000m超の距離を走っていない?そうさせたのは
 誰だっけ?」
「あなたねぇ、自虐がそんなに楽しいのかしら?」
「だが、ファンとしては違う。」
「ファンとしてって、そんな漠然とした…」

もう少し説得力のある話を期待していたキングは更に呆れた。だが、それでも尚、ベテランが冗談を言っている風には思えない。本気で自分を有馬記念に出走させようとしている、それだけは確かだ。


「君よりファンの方が諦めが悪いのかもしれないよ。」


ベテランの言葉にキングがハッとする。
自身の掲げていた「絶対に諦めない」という意志、それをファンの方が上回っている。そう言われ急に悔しさみたいな感情がこみ上げてきたが何故か否定できない。ベテランの表情はただただ優しかった、嫌味ではないのだろう。

「そんなファンが俺だけでなく、君には沢山居るんだ。俺も正直
 驚いたよ、高松宮記念の、あのスタンドの光景には。」
「…担当ウマ娘に対して失礼過ぎやしない?」
「って返すってコトは、君自身も驚いていたってことだ。」
「…ええ、そうよ。」

ふくれっ面でキングがぷいっと外を向く。

「意外だったわ、そして嬉しかった。凄く。」
「あの時、君が背負っていたものは凄く大きいんだ。」
「背負っていたもの?」
「あの歓声は、君の世代への歓声でもあるんだよ。君が背負ってゴール
 したものはスペシャルウィークでありグラスワンダーでありエルコン
 ドルパサーであり、セイウンスカイでもあったんだ。」

キングの胸がぐっと締め付けられる。幾度となく自身を打ちのめしてきた同期の4人、だがセイウンスカイ以外は既にトゥインクルを降りている。セイウンスカイも怪我をしてしまい長期の戦線離脱中。その4人のライバルとして自分は数えられていただろうか。
4人との友人としての関係は良好だが、キングは彼女達を心底恨めしく思う時も多かった。だからベテランの言葉がキングには嬉しくなかった。あの高松宮記念の歓声は自分だけに贈られたものではない、そう言われている様に思えたから。でも、彼女達が居たから今の自分があるというのも間違いない。あの、恐ろしく強い同世代の友人達。

「彼女達のことは嫌いかい?」
「…憎かったわ、でも今はそれ以上に大切な存在よ。」
「そうか。」
「でもこの話が有馬記念とどう関係してくるというの?」
「さっき君が自分で『知らず知らずの内に糸が切れてしまった』と
 言ったが、確かにそうかもしれない。その安堵が先に響いたって
 ことなのかもしれない。あの光景を見れたことで、これが最後でも
 いいと君が思ってしまったのなら。」
「…」


「あの時のファンはそう思っていないよ、未だにキングヘイローを
 諦めてはいない。そして未だに君の背にあの4人を乗せている。
 それが目に見えて解るのが有馬記念なんだ、君はファン投票で
 絶対に上位に選ばれる。」
「!!」


普段は飄々としているベテランが目に力を入れて言った。思えばこのベテランの口から絶対なんて言葉が出てきたことがあっただろうか。キングは少し高揚した、今まで自覚にない「ファンと世代を背負う」という使命の様なものに。それでも不安は未だに大きい。

「あのねぇ、有馬記念よ?そりゃまあ、私のファンは…高松宮記念で
 驚きはしたけど、あれだけ居るんだって。でも距離よ、今年は
 マイルまでしか走っていないの。高松宮記念の倍以上の距離なのよ。
 そんな私に投票するなんて…」
「選ばれるさ。」
「珍しく自信満々なのね…」
「だってキングヘイローだからな。」
「あなた、そんなキャラだったっけ?まるで…まるであの人みたいよ。」

初期衝動の塊だったような自分と共に駆け出した前任の若手トレーナーの事が脳裏に浮かんだ。
理論的ではないにしろ自分のことを信じて情熱を注いでくれた彼と、「焦るな」が口癖みたいな現担当のベテランとは対照的な人物だ。

「アイツかぁ。」
「そう。あの時は二人して勢いと才能だけでどうにかなると思い込んで、
 このトゥインクルに乗り込んだ。まるで今のあなたはあの人みたいよ、
 そんなロマンチストだったかしら?」
「だとしたら、やっぱアイツと君は合っていたって事かな。あの時は
 未熟だったってだけで。」
「何よそれ、自分で役目を買っておいて。」
「ともかく、今の君にとって『何かを背負っているって自覚』を持って
 レースに臨める状況は悪くないと思う。『ここで終わり』ではなくて
 『次で終わり』と決めて挑んだ方が力は出せる、君はそういう性格
 だろ。」
「…いくつか確認をさせて。」

キングの意志はほぼほぼ固まっていたが、有馬に挑むということに対する不安と恐怖が消えたわけではない。ベテランがそれを払拭する返答をするか否かで決めようと畳みかける。

「まずファン投票の話なんだけど、ここでラストランだなんて
 謳って票集めしたりしないわよね?」
「そんなことする必要がない。」
「じゃあ選ばれなかったら?」
「ここに関しては本当に絶対と言っていいくらいだ、選ばれる。」
「有馬記念に私が出て、本当に勝負ができるの?」
「未知数だ。ここは絶対に勝負になるとは答えられない。」
「私自身が限界だと言っているのに?」
「有馬記念で限界を迎えよう、その為の今日の話だ。」
「さっきあなた、トレーナーとしての判断ではなくファンとしての
 希望で有馬に出ようって言ったわよね。」
「言ったな。」
「今私が話しているのはファンなの?トレーナーなの?」
「キングヘイローのトレーナーだ。」
「ああー、もう!!」

キングが髪をかきむしる。

「なんでそんなポンポン答えるのよ!?なんでそんなあっさりこの
 無謀って言える挑戦をトレーナーとしてって言えるのよ!?」
「ファンって答えて欲しかった?」



「断れなくなっちゃったじゃない!!」
「ぷっ……あはははははは!!」



珍しくベテランが声高に笑った。やれやれという表情で大きなため息をつきながらキングがうなだれる。

「まだ君の脚の火は消えちゃいない。この有馬記念で燃やし
 尽くすんだ。そうできるようにするのが、俺の君に対する
 最後の仕事だ。」
「…イヤよ、私。ラストランって決めた舞台で無様に散るのは。」
「そうなっても全部俺のせいにすんなよ。」
「解ってるわよ、もう!!こういう時ぐらい頼りになる事を言え
 ないの!?本当にへっぽこなんだから!!」


退部を一旦撤回し有馬挑戦への意志を固め、それに向けトレーニング内容を大幅に変更し舵を切ったあくる日。秋から冬への移り変わりが目に見えてくる12月の初旬。

有馬記念ファン投票結果発表。

キングヘイローは8位に選ばれ、有馬記念に出走登録した。



☆どうでもいいあとがき
この時のファン投票、屈健炎で復帰のメドが全く立っていないセイウンスカイが7位だったんですよ。
ウマ娘のキングなら絶対荒れてますよね。

[ 2022/01/31 00:47 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ①邂逅

「気に入らないわね、皆あの人のことばかり気にして…
 このレースは、この私のラストランの舞台なのよ!?」


シニア期2年目、その年の最後の大舞台、有馬記念。キングヘイローの最後のレース。
栄誉あるグランプリレースという最高のラストランの場で、彼女はひたすらに苛立っていた。


話を大きく遡る。
それは彼女のクラシック期だった2年前の年末に、同じ有馬記念に出走した後のこと。

トレセン学園側の指示で彼女は担当トレーナーを変えることになる。

もちろん、双方の意志ではない。彼女を担当していたトレーナーは将来が有望視されていた新人で、その彼自身が見惚れて自分からスカウトしたのがキングヘイローだった。
同期には錚々たるメンバーが居たが、その中で必死に食らいついていこうとするキングにこそ自分は相応しくなりたい。そういう想いで彼女に声をかけた。皆がスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイらに目を向ける中で自分に着目し、熱意あるスカウトをしてくれた新人トレーナーの誘いは、キングにとっても本当に嬉しいものだった。強がる姿勢を見せながらもキングは彼とトゥインクルへ漕ぎ出す決意を固めた。


「二人で一流を目指そう、本物の一流になろう」


しかし現実は甘くない。
いざトゥインクルシリーズへと歩み出した二人だったが、ジュニア期こそ順風満帆に終えたものの、クラシックで目覚めた怪物達の壁にことごとく跳ね返される。
ダービーは特にひどかった。新人トレーナーはダービーに向けてのトレーニングメニュー編成もおぼつかず、当日は指示もろくに与えられない状況。キングヘイローもその不安を受けた上にダービーという空気に飲まれ、レースで制御不能に陥り惨敗してしまった。栄光の舞台で喝采を浴びるスペシャルウィークの影で二人して顔を真っ青にしてうなだれた。
そして三冠戦を無冠で終えた二人に追い打ちをかける出来事が、有馬記念の直後に待っていた。

「再試験です。ちょっと貴方には感情的になりすぎるところがある。
 今期で挙げた成績は決して悪くはありませんが、それは貴方の手腕というより
 ウマ娘自身の力。それだって出し切れていたかと聞かれたら『はい』と答え
 られますか?」

再試験ということは、一旦とは言えトレーナー資格を返上しなければならない。理事室のトレーナー担当者の言葉に彼は何も言い返せず唇を噛んだ。トレーナー室でキングにこの事を伝えた後、長い沈黙が流れた。そして


「どうして『戻ってくるまで待っててくれ』とか言えないのよ!?
 二人で一流を目指そうって言ったのはあなたなのよ!?」


机をバンと叩きながら立ち上がり、顔を真っ赤にしてキングが言い放った。涙が溢れていた。
彼女にこんな想いをさせて、こんなことを言わせてしまった自分が情けなくなり、彼の震える背中が一層縮こまった。言葉が「ごめん」しか出てこない。


「何度もへっぽこって言ってきたけど!!ここまでへっぽこだとは
 思っていなかったわ!!さよなら!!」


乱暴にトレーナー室の扉を閉めてキングは走り去ってしまった。
新人トレーナーは椅子に座りながら、手で涙を抑えてひたすら「ごめん」と繰り返した。

トレセン学園の対応は早く、その二日後に新たなトレーナーの打診がキングに届いた。
正直、母の言うとおりにトゥインクルから降りた方がいいのではないかと考えていたキングは、素っ気ない返事をしつつも話を聞くことにした。名乗りを挙げたのは前任のルーキーから一転、老練という表現が似合うベテラントレーナー。

「君がキングヘイローか、待ってたよ。」
「ふん…何よ?」

高飛車なキングに、あくまで飄々と対応するベテラントレーナー。彼はその界隈では知られた人間で、丁寧かつ安全なトレーニングをモットーに数々のウマ娘を育てあげてきた。その姿勢は他のトレーナーからも参考にされ『先生』と言われる程のものではあったが、ハードなトレーニングを課さないことから奪取できたG1タイトルは決して多いとは言えない。
「まあ、そんな斜に構えずにかけたまえよ」
ベテランはコーヒーを注ぎキングに差し出す。ぶ然とした表情を浮かべつつもキングは腰を降ろした。

「いきなりだが、機嫌悪くさせていいか?」
「はあ!?」
「俺は場つなぎだ、アイツから頼まれてな。」
「どういうことよ!?」

面談というにはあんまりな出だしにキングが激昂する。
そうなるよなあという表情でベテランはカリカリと頭を掻いた。

「君の前任だよ。アイツに懇願されてね。」
「そんなことはわかるわよ!!」
「懇願された…というよりは、俺がこうしたらどうだ?って勧めて
 今日こうなってるんだけど。あ、アイツの再試験は来週だって。
 まー受かりはするだろうね。」

キングはあからさまにイライラしていた。前任の態度も、このベテランの態度も気に入らない。あれだけ熱意と誠意を感じたスカウトをしておきながら場つなぎで他のトレーナーに自分を任せようとするという行為が信じられなかった。すぐに戻って来れるというのに。だが。

「長い場つなぎになりそうだけどな。君がアイツに怒りを覚えるのは
 当然のことだが、俺だってアイツも君も壊したくはない。どういう
 場つなぎかと言うと、俺がアイツを『一流』と認めるまでだ。」
「ど、どういうことなの…?」

コーヒーを一口すすりベテランが一つ息をつく。表情は相変わらず柔和ながらも、眼光がそれまでより暗くなった。キングは雰囲気の変化にこわばった。

「一緒に一流になろう、一緒に頂点を掴もう。そう言って一年も経たず
 トゥインクルから去って行ったトレーナーとウマ娘はごまんといる。
 そんな姿を何度も見てきた。」
「私たちがそうなるとでも言いたいの?」
「そうなる一歩手前だよ、君達は。ここを甘く見ない方がいい。」
「最初から甘くなんて見ていないわ!何故なら私は一流の…」


「一流を目指している、だろ。」


キングがくっとたじろぐ。キングも新人トレーナーも一流という言葉を目指してトゥインクルに船出をしたが、それで一流に近づくことすらできていたのだろうか。遠ざかってはいなかっただろうか。


「ウマ娘のトゥインクルでの期限というのは本当に短い。だから皆、
 焦ってしまうんだ。それにトレーナーの焦りまで乗っかったらどう
 なると思う?『こんなはずじゃなかった』を延々繰り返すんだよ。
 俺が君とアイツに約束してほしいのは『焦るな』ということ。

 その上で言おう。君には、君の目指す『一流』の素質がある。
 それを見抜いたアイツにも『一流』の素質がある。
 でも、素質があるだけでは『一流』にはなれない。

 君にもアイツにも素質を磨く時間が必要なんだ。それは決して一朝一夕で
 成せないことだと理解してほしい。同じ様なことをアイツにも言ったが、
 『ならば彼女に本当に相応しいトレーナーになるまで』って…本当に
 解ってんのかね?簡単じゃないぞってコトなんだけどさ。ただ、アイツは
 本気だよ。相応しい自分になって、今度こそ君と一流を掴む気だ。」


キングは理解した。図星を突かれた様で悔しくもあったが、それだけこのトレーナーが自分のことも前任のことも見ていてくれたと。警戒を解き、冷めたコーヒーをクイッと飲むと、キングはベテランに尋ねた。

「ねえ。あの人と私、どっちが先に一流になれると思う?」
「二人共、時間は掛かるだろうねえ。」
「じゃあ競走ね!」
「…君、アイツとの解約の時に滅茶苦茶キレてたらしいけど、何?
 やっぱり自分のところに戻ってきてほしいの?」
「そ、そんなんじゃないわよ!?私はあんなへっぽこトレーナーに負けるのが
 イヤなだけなの!!先に一流になって笑ってやるんだから!!
 いいわ、あなたに私を一流にする権利をあげるわ!!」
「…君もアイツも似たようなものだな、わかってる?絶対に焦るなよ?」
「わ、わかってるわよ!!あんなヤツと一緒にしないで頂戴!!」



そうして始まったシニア期は、キングヘイローにとって更なる茨の道となる。
あの高松宮記念、そしてこのラストランである有馬記念に至るまで。



※どうでもいいあとがき
やっちまいました、ウマ二次創作。
「アプリ版と史実をクロスオーバーさせて、史実寄りにキングのラストランを書いたら面白いんじゃないか」ってのを実行したわけですが、この時点で想像以上にいっくんをヒドイ目に合わすことが確定。あらすじ的に次回くらいまで邂逅が続きますが、なんとか書ききろうと思います。有馬記念の馬の字は変更できてないけどご容赦ください。

[ 2022/01/17 00:15 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ノースヒルズ座談会2021ファイナル

カデナ(以下カ)
「はい!とゆーわけでね、今年も残りあと少し、ってタイミングでのノースヒルズ座談会
 MCのカデナです。今年はコレが最後の放送になってしまうんです、いやー名残惜しい!
 でも今日はね、ラストを飾るに相応しいゲスト2名を招いてのトークになりますので是非とも
 最後までお付き合い頂けたらなと思います。では早速ご紹介しましょう!


 クリンチャーディープボンドのお二人です!」


クリンチャー(以下ク)
「いやがらせだよな!?」
ディープボンド(以下ボ)
「いやがらせですよ!!」




カ「二人ともレース終わったばかりなのに元気だね!」
ク「元気じゃねーよ!ヘトヘトだよ!」
ボ「ファイナルとか言ってますけどね!?一番呼んじゃダメな二人呼んでニッコニコな
  アンタはサイコパスですよ!?」
カ「ホラ、よく言うじゃない?鉄は熱い内に打てって。」
ク「そらもうホッカホカよ!!」

ボ「なんなんすかもう、こっちはあとちょっとで念願のG1ってトコで負けて
  意気消沈してるんですよ?」
カ「うらやましい意気消沈ですなぁ、私はG1で2着になったことありませんよ。」
ク「本当がんばれよお前。同期として頼むわマジで。」
ボ「え!?お二人同期なんですか!?」
ク「そーだよ、コイツ弥生賞馬なんだぞ。」
カ「えっへん。」


ボ「クリンチャーさんの方がずっと上だと
  思ってました、苦労感が滲んでて…」

ク「目尻のシワがやばい。」
カ「ねぇ、僕そんなに楽天家に見えるの?」



ボ「いや、カデナ先輩なんかいつもパドックで半笑いしてるし。」
カ「してないでしょう!?」
ク「飄々とし過ぎなんだよ。」
カ「いやぁ、年末のG1で2着に輝いたお二人の猛攻がグッサグサ刺さりますな。」
ク「てんめぇ…」
カ「いやでも、ボンちゃんとクリちゃん似てるじゃん、戦績が。だから話したら
  面白いんじゃないかなって。」
ボ「そすか?」
ク「お前菊花賞何着だっけ。俺2着だったんだけど。」
ボ「4着っす。勝ったの大将。春の天皇賞が2着でしたね…って、え!?」
カ「どしたの?」
ボ「クリンチャー先輩、芝走ってたんすか!?」
ク「若い子は知らんかー。」

カ「クラシックで大活躍してたんだよ。皐月賞4着、菊花賞2着。翌年は京都記念で
  同年のダービー馬と皐月賞馬を相手に優勝!」
ボ「すげぇ…!!」
ク「俺のことをやたら嬉しそうに話すな、弥生賞馬が。まぁ、そこまでは良かった
  んだけどな。芝で不振に陥って血統からダート転向して今に至るってことだ。」
カ「スゴいね。二人ともG1で二度連対してるし凱旋門賞にも出てるし。」
ク「あーそうか。」
ボ「凱旋門賞にも!!すげぇ!!」


カ「で、惨敗してるし。」
ク「よぉーしボンド、コイツ
  羽交い締めにしろ。」
ボ「よろこんで。」



カ「暴力はよくないね。」
ク「お前はなんだ、俺らをオモチャにする為に今日呼んだのか。」
ボ「帰っていいですか。」
カ「僕だって自分の立場くらいわきまえてますよ、お二人に失礼なコトなんて
  言えるわけがない。」
ボ「もう散々言い散らかしてますけど。」
カ「いやぁ、さっきの趣旨は本当なんだよ?二人で話してみたら面白いだろうって。」
ク「傷でも舐めあえってか?」
カ「そうツンケンしないでって。まぁクリちゃんの場合は戦績がかなり特殊じゃん?
  成績で似てる部分はあるけど実は全然違うっていう。そういう部分で、先輩と
  してボンちゃんになんかアドバイスできたりしないかなって。」


ク「俺みたいにはなるなよ。」
ボ「どんだけネガティヴなんですか!?」
ク「カデナみたいにはもっとなるな。」
ボ「わかりました。」



カ「なんてやさしいアドバイス。」
ク「お前もちっとは傷ついたりしてくんねぇかな!?」
カ「しかしまぁ、なんか解っちゃうのが切ないね。ボンちゃんは僕達みたいになるなって。」
ボ「え?」
ク「ノースヒルズの体質だわな、俺らもう7歳なんだよ。お前まだ4歳だろ?」
ボ「はい。」
カ「ノースヒルズはねー、僕らみたいな古豪と言われる馬の管理に長けてるんだよ。」
ク「そうそう。」
ボ「それのドコが悪いんです?いいことじゃないですか。」
ク「全っ然よくねえよ。G1タイトルよりも、如何に効率よく賞金を取れるかって方向に舵を
  切られてるんだから。」
カ「まだクリちゃんはいいよー、ダートに路線変更したことで再びタイトルが見えてきて
  いるんだから。」
ク「そうかねぇ?ドコまで本気かよく解らんわ。まぁ今日は確かに惜しかったけど…あー、
  思い出したらまた悔しくなってきた、オメガパフューム、バケモンだわアイツ…」
カ「でもダートは層が古馬寄りじゃん。クリちゃん自身もベテランではあるけど、目の上
  のタンコブみたいな世代の動向次第ではG1イケるんじゃない?」
ク「そりゃお前、自虐か?つかお前よりボンドがかわいそうだろーが。」
ボ「…」
カ「へ?」


ク「大将引退したと思ったら
  エフフォーリアて。」

カ「Oh…」
ボ「No…」



ク「お前よくがんばったよ、大将倒した相手にアレだけ食い下がってさ。」
ボ「ありゃ強いわ…」
カ「一個下が強いのはキツいんだよね、古馬になったら延々とG1で対峙することに
  なるから。」
ボ「アイツ春の天皇賞来るかなぁ?俺が自信持てるのってソコになるんですけど。」
ク「大阪杯には出そうだけど天皇賞は出ないんじゃね?菊花賞には出てないんだし。」
ボ「あ、そうか!なんか希望が見えてきました!」
カ「そこで勝たなきゃだね。」
ク「そうだな、そこしかない。」
ボ「へ?」

ク「そこで勝たないと俺達のようになる。」
カ「僕達の世界へようこそ、ボンちゃん。」


ボ「ひぃい!!」
カ「要するにG1タイトルを早く取れないと長々賞金を稼ぐ働きアリみたいに
  なっちゃうよ
、ってコトです。それも悪くないんだけどさ、大事にして
  もらってるし。」


ボ「お、俺もダート行っていいですか!?」
ク「お前ダートなめてんだろ!?」

カ「僕も僕も。」
ク「お前はやめとけ!!」



ク「芝G1だから意味あるんだよ、ダートG1が無意味ってコトでも無いが。」
カ「大体ボンちゃん、あの凱旋門賞は凄くもったいなかったと思うよ。前哨戦で
  あんな強い勝ち方して、なんで本番で全然だったのさ?」
ボ「馬場がぐちゃぐちゃで力が入らなくて。それで前にも行きにくくて、ああ
  この状態で無理したっていいことはないな
と安全策を…」


ク「ああ、ボンドこっち側だわ。」
カ「ようこそボンちゃん!!」


ボ「どうしてそうなるんです!?」
ク「力の抜きどころが上手な馬は長~く走れるぞぅ。」
カ「サボるのが上手な馬はケガもしにくいんだぞぅ。」
ク「たっくさん働けるぞぅ。競走馬に定年はないんだぞぅ。」
ボ「コレ、7歳馬が4歳馬にしていい話ですか!?」
カ「素質あるぞぅ。」

ボ「なんで年末にこんな話を聞かされなければならないんだ…!」
ク「全部カデナが悪い。」
カ「僕は悪くない。」
ク「大体だな、年末ファイナルとか言って俺ら呼んでる時点でおかしいんだよ。
  フツーに考えてみろ、ノースヒルズの今年の顔は大将だろ!?」
ボ「そうですよ!!ジャパンカップでの復活勝利、同期としても感動しました!
  話せる話題もいっぱいあるでしょう!!」
カ「大将。」
ク「そう大将!!大将呼んでコレやれ!!」
ボ「そうするべきでしょう!!」



カ「恐れ多い。」
ク「お前本当に俺らを何だと
  思ってんの!?」




カ「座談会には重いね、大将は。」
ク「俺らが軽いみたいな言い方してるんじゃねぇよ。」
ボ「確かに重いですけども。」
カ「さて、なんやかんやでそろそろシメなんですけども。」
ク「あー、やっと終われるんか。」
カ「最後にお二人に来年の抱負なんか頂きたいのですが。」
ク「抱負かぁ。」
ボ「俺はさっき言った通り春の天皇賞制覇です!!」
カ「力強いね。」


ボ「そっちに行かない為にも!!」
カ「おいでよボンちゃん。」


ク「俺もそっち呼ばわりされない様な成績挙げねぇとな。今更芝に戻ることは
  無いだろ、ダートで軌道に乗ってきたからこっちで頂点狙うわ。」
カ「おお。」
ク「もう来年は8歳になっちまうけどさ、今日3着になったウェスタールンドさん
  なんて来年10歳になるんだよ。サウンドトゥルーさんなんか10歳でS1競走
  勝ったし、ダートならまだまだこれからって思える。」


カ「え?何?去勢すんの?」
ク「あ、二人ともセン馬か…いやそういう
  意味じゃない。」



カ「違う意味でのそっちに行きたいのかと。」
ク「真面目に言ってんの!!まだ自分にはチャンスがあるって!!」
ボ「クリンチャー先輩なら来年にもG1取れますって!!がんばりましょう!!」
カ「クリちゃんなら、って僕に対する皮肉にも聞こえますよ。ボンちゃん。」
ク「じゃーカデナの抱負も聞かせろよ。」
ボ「そうです、皮肉に聞こえたんなら見返すくらいでっかい抱負を掲げて下さいよ!」
カ「僕の抱負は毎年変わりませんよ、目標だけは常に一点で。それを守ることで大きな
  ことを成し遂げられるかもしれないと信じてますから。」
ボ「ほう!意外な答えが聞けそうだ!」
ク「これまですっとぼけたコトばっかし言ってたからな、よし聞かせてもらおう。」



カ「怪我なく。」
ク&ボ「大事だけどさぁ。」






※よいおとしを

[ 2021/12/29 19:20 ] その他 | TB(0) | CM(-)