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ウマスレイヤー 06

【06】


「ぐー・・・ぐー・・・」
「・・・」


薄暗い安モーテル「ケムマキ」の一室、ひと組の男女はひとしきり前後上下し合い終えたところだ。
気だるそうに女は、自分の咥えたタバコの煙を目で追った。男は余韻も残さず疲れ寝ている。
物足りなそうに女はオモチャを手に取るも、事後の虚しさに苛まれる。彼女はこういうことが嫌いなのだ。
スイッチを入れて切ってを繰り返した後、オモチャをベッドの下に放り投げた。


「・・・ぐごっ」


やかましいイビキが断続的にモーテルの一室に轟く。
彼はサケに酔っている、彼女もまたサケの力を借り、日頃の鬱憤を晴らしていた。よくあることだ、他愛もない。
道徳?倫理?ファック。
彼も彼女も正論が嫌いであった。当たり前を振りかざす者が嫌いであった。
正論を語る権力者に苦々しさを感じると、彼らは発散するかの様に前後をする機会が多かった。



それを言って何になる?皆がそう言ってるのに何故そうならない?仕組みを考えよう、そうか、だから皆が言ってる
ことは具現化されない。

・・・そこを考えるのが、彼らの努めだから。
当たり前のことを、さも得意気に並べる者とは気が合わない、ひねくれた者同士なのだ。



タバコはなかなか減らない。彼女の愛飲しているタバコは無添加だ、可燃材が入っていない。
箱売り価格は高くても、吸うのに費やす時間が掛かるこのタバコを彼女は愛飲していた。「アメリカ魂」である。
ちりちりとセンコ花火めいて、少しずつ自分に向かってくる突端に「お前は安上がりだな」と、
自傷でもするかのように彼女は嘲笑した。また後で吸おうと、一旦火種を消す。


「シャワー、浴びてくるね。」
「んあ?」
「シャワーだよ。」
「あぁ・・・ぐぁ・・・」


寝言なのか、解って言ってるのか解らない彼に、彼女がクスリと笑う。
つまり彼と彼女の仲は、深からず浅からずといったところだろう。そういう関係だということだ。


「いいよ、寝てて。ゴメンネ。」
「んあ」


彼女は何故か彼に謝りベッドを降りる。
酔いを醒まそうと、頭や手足を振った。息を大きく吸い、そして吐き出した。
モーテルの窓から外に見えるネオンが、おぞましいアトモスフィアを紡ぎ、彼女の目に映る。

サケのせいにしたくはないが、彼女は自身で眩暈を感じていた。
ぐらりと歪む視界は、冷静になった今だからこそのものだろう。彼との戯れの時、彼女のニューロンはクリアだった。
脳内アドレナリンのおかげで快楽のみに重点が置けたのだ。今はそれが冷めている。
冷ややかな酔いの醒めを彼女は呪った。

なんで、何度も繰り返してしまうのだろうと・・・
しかし、その呪いは彼と彼女にとっては慣れであった。

一糸纏わぬ姿で頭をボリボリと掻きながら、彼女はバスルームに歩み進んだ。
そのモーテルのバスルームはまるで、モーテルとは思えない民宿めいたものだ。
小柄なバスタブ、ただ一つ付けられたシャワー、ショーワを感じさせるスケベイス、洗面器・・・
それは正にゼンの空気漂うチャシツの様である。
彼女はその、清潔感の乏しい殺風景が嫌いではなかった。

洗面台の鏡に映る自分は、目が死んだ魚の様だ。
しかし、それに対しても無感情だった。これだって今に始まったことではない。
こうなった仕組みを知っているにも関わらず、やめられないのだから。

誰が見ているわけでもないのに、彼女は洗面台脇に置かれたタオルで体の正面を隠し、
風呂のスライド扉に手をかけ、静かに開けた。


それが、いつもと違う惨劇の始まりになるとも知らずに。


唐突に声なきアイサツが、風呂場の右上の壁から彼女の肌にグロテスクに絡みつく。
それまで感じられなかった気配が、急激に存在感を増し、その姿が彼女の網膜に焼き付いた。


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「ドーモ、はじめまして・・・・・
 アシダカグモです。」




彼女は凍りついた。


「アイエエエ!?クモ!?クモナンデ!?」


声は出ていない。動くこともできない。彼女は現実から逃げるように風呂場の扉を閉めた。
フー・・・っと息をつき、うなだれ、頭をブンブンと振る。
こういう時、全裸の人間は無力だ。全裸であの禍々しいクリーチャーに勝てるはずがない。
絶望感、虚無感、背徳感、様々な負の感情が溢れる。男を呼ぼうか?いや、それはできない。
アイツのほうが確か、私よりもムシに弱い。
全く頼りにはできないだろう。

・・・意を決した彼女は再び風呂場の扉を開けた。


「ドーモ、アシダカグモです。」


微動だにしていない。全く同じ位置からクリーチャーは再び声なきアイサツをする。
彼女は知っていた、このクリーチャーは本気を出すととんでもないスピードを出す。もしもその
速さで襲いかかられたら、自分は手も足も出せずに蹂躙されてしまうだろう。

少しでも距離を取り、退散を願う彼女は武器を手にとった。スケベイスである。
これでクリーチャーを追い詰め、この場から去ってもらおう。しかしもし、手に持ったスケベイスに飛び移って
きたらどうする?想像するだけで彼女の目に涙が溢れる。しかし、やるしかない。

体の前側は左手に持ったタオルで隠し、右手に持ったスケベイスでクリーチャーを牽制する。

するとクリーチャーは壁を音もなく高速移動!!
「いっ」彼女が声ともつかない嗚咽を漏らし硬直する。


しかし、彼女の作戦は的確であった。クリーチャーは思った通りの方向に動いてくれた。
ハッ、所詮はクリーチャーだ!頭脳戦で負けるわけがない!
彼女はほんの少し自信を持った。あと少しで、この不気味な怪物を風呂場の扉から外へ追い出す
ことができる。戦ったら負けてしまうが、戦う必要などないのだ。

果たせるかな、彼女はクリーチャーに対し終始腰を引いた状態で、スケベイスを手に牽制する。
その姿は、傍から見たら凄まじく滑稽なものであったろうが、彼女は至って真剣だ。


作戦は速やかであった。クリーチャーは彼女に襲いかかることもなく、扉の外へ逃げた。
急いで扉を閉め、彼女は手に持っていたスケベイスを置き、大きく息を吐いて腰掛けた。


気が付くと、事後よりも遥かに多く汗が吹き出している。
まだ安心はできていない。ひょっとしたらまだこの空間には、別のクリーチャーが居るかもしれない。
先ほどのクリーチャーが再度侵入してくるかもしれない。油断するにはまだ早い。
神経を研ぎ澄ませながらも、彼女はシャワーヘッドを手に取った。
今度もし現れたら、このシャワーで殲滅すればいいか・・・残酷な想像が頭をよぎるものの、彼女は
幼き頃に「クモは殺してはいけない」と教えられ、それを守り続けていた。やはりクモは殺せない。

こんなにリラックスできないシャワータイムも、なかなか経験できるものではない。そう考えると彼女は
少しだけ自分がおかしくなり、一人で辛そうに笑った。
存在を確認しなかったら感じていなかったクリーチャーの気配、その幻が周囲に痕跡を残している。
今となってはどこから出てきてもおかしくない。彼女は研ぎ澄まされた。

手早くシャンプーを泡立て、頭を洗う。一番危険な瞬間だ、視界が無い状態なのだから。
この最中に、もしもあのクリーチャーが背後から襲いかかってきたら・・・そんなホラー映画めいたことを
想像しながら、彼女は素早く髪を洗った。強がっていても彼女の脳裏にはくっきりと、あのおぞましく巨大な
クリーチャーの姿が焼きついているのだ。
シャワーの水圧を一番強くしシャンプーを一気に洗い落とすと、彼女はまず周囲を見渡した。居ない。

「よし」

小さく呟き、身の安全を確かめる。視界の無い時間は終わった。
ようやく安心できる、今現れても何とか対応できるだろう。
彼女は先ほどの洗髪とは違い、今度は丁寧に体を洗いはじめた。


・・・しかし、戦いはまだ終わっていない。

「先ほど、私はあのクリーチャーを外に逃がした。風呂場を出たらまだ居るかもしれない。
 その場合のシミュレーションをしなければならない。」
彼女に油断は無かった。

タオルを固くしぼり、体を拭くと、彼女は意を決して扉に左手をかけた。右手には再び、金色に輝く
スケベイスが握られていた。


ガララッ!!
扉を開けながら周囲を確認!!
壁、床、天井、よし居ない!!

もう一度確認!!
よし、やはり居ない!!




安堵しながらも、彼女は舌打ちした。
実は、彼女はこの時、ある程度離れた場所に居るクリーチャーを確認したかった。
姿が見当たらないのは、それはそれで不安である。どこに居るのか解らないのだから。
離れた場所に確認できれば、その動向に注意しながら全裸状態とオタッシャできる。
つまり、姿が見えない今は、まだ油断できる状態ではないということだ・・・


そう、彼女は決して油断していなかった。油断などしていなかったはずだ・・・


とにかくすぐに服を着たい、やはり一糸纏わぬこの姿だから不安なのだ。衣服の有無は
人の強さにも影響するのかもしれない、哲学めいた禅問答を自分の中で繰り広げ恐怖を紛らす。
そして洗面台に置かれたバスタオルを手に取り、周囲を警戒しつつ広げた。



「ドーモ、アシダカグモです。」


おお、なんたるヒレツ!!クリーチャーは畳まれた
バスタオルの間に潜んでいたのである!!



「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!
 イヤーッ!イヤァーッ!!」



至近距離に突如出現したクリーチャーに、彼女は冷静を失った。腰をぬかし脱衣所にペタンと
座り込み、必死にバスタオルを振り回し、絶叫しながらそれを放り投げた。

さすがにベッドで寝ていた彼が何事かと起き上がり、彼女に駆け寄る。


「どうした!?」
「・・・でっかいクモがいた。」
「でっかいクモ。」


彼は、涙を止めることができない彼女にやれやれといった表情を浮かべた。それは、たかが
クモで大騒ぎして・・・という意味ではなく、久方ぶりに彼女の女らしく弱々しい姿を見たからだ。


「クモとかだめなのか。そういうの平気だと思ってた。」
「だって・・・あんなでっかいの・・・」
「ははは、かわいいとこあるじゃん。」
「クモどこ?」
「・・・居ないぞ、お前の声に驚いてどっか行ったんだろ。あのブン投げたバスタオルは何?」
「そのバスタオルやだ。さっきクモがくっついてた。」
「世話のやけるこった。」


彼女もまた、彼を頼りにするのは久方ぶりである。自分の方が強いと思っていたから。
せっせと自分の世話を焼いてくれる彼に、なんだか心がくすぐったくなる感覚がした。
彼は洗面台に置かれたもう一つのバスタオルを取り、広げてクリーチャーの存在を確認する。
異常が無いことを確認し、彼は彼女にバスタオルを渡した。
「ありがとう・・・」彼女はそれを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。まだ肌に水気を帯びたしっとりとした質感、
そして未だに涙で潤んだ瞳と、珍しく殊勝な態度に、彼は再び欲情した。


「続きしようか。」
「・・・」


彼女はむくれて、返事を避けた。彼はその様子を見てクスクスと笑った。
彼女の放り投げたバスタオルを片付けようと彼が拾い上げる。
「そりゃ体拭こうとして、コレにでっかいクモが付いてたら泣いてもおかしくな・・・」



「ドーモ、アシダカグモです。」
「アイエエエエエエエエエ!!」



なんたるヒレツ!!クリーチャーはまだそこに
潜んでいたのだ!!彼は恐慌状態に陥り腰を
抜かした!!パニックを起こし、咄嗟に動いた
弾みでスネをベッドの角に強打、悶絶!!



・・・再び放り投げられたバスタオルには、まだクリーチャーがしがみついていた。
服を着た彼女は、ハンガーで恐る恐るそれをつまんで部屋の外に出し、そのままハンガーを器用に
使いクリーチャーを廊下に逃すと、そのバスタオルを回収してゴミ箱に捨てた。
そして先ほど一旦消したタバコに火を点け、パニック状態の彼を見て冷静を取り戻した。


「・・・」
「アイエエエ、アイエエエ・・・」
「・・・続きする?」
「アイエエエ・・・」


結局その日、二人の前後上下が続けられることは無かった。



~つづく~




弟子「ウマスレイヤーじゃなくて、コレはアンタが
 日曜にラブホで体験したハナシじゃねーか!!」

俺「サヨナラ!!」




※でもアシダカグモ=サンはゴキブリ=サンを食べてくれる、とってもいいクモなのですよ♥
 ・・・まぁ、要するに、あのラブホテルにはどちらも居るってことにもなるんですが。




[ 2015/07/20 23:22 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(8)

ウマスレイヤー 05

【05】


「シャダイ=サン、本日は誠にお世話になりました。クラブ会員の暴徒化はおかげで沈静化致しました。
 蒸し返す無粋な輩は居ないでしょう。」
「ムハハハハ!気にするな、カタギ=サン。ニンジンサンにはいつも、無理な注文を通させているからな。」


談合ルームにシャダイの高笑いが響き渡った。

某日、ネオフナバシの経済中枢、ノーザン・ステート。
その最上階はシャダイの拠点となっており、一般人の立ち入りは固く禁止されている。
ここに足を踏み入れられるのはシャダイ直属のエージェントと限られた主要取引先の人間だけだ。
取引先の者は謀反を起こされぬよう、厳しいボディチェックを受けることになる。
暗い談合ルームで、シャダイと話をしているのはタブレット端末ただ一つを携えた、素っ裸の
ニンジンサンの役員である。

ニンジンサンはシャダイと深く関わりを持つマルチ企業だ。この日はニンジンサンの運営するブラック競馬予想サイトの
有料クラブ会員が、あまりの予想成績に悪さに徒党を組み暴徒化し、カタギでは手に負えずシャダイ・キョーソウバの
力により鎮圧。キョーソウバの力を以てすれば実に容易いことではあるが、それができるのは実際シャダイのみである。

「ときに、その件の礼としての手土産があると聞いたが?」
「はい、謀反の情報でございます。」
「ほお・・・」

シャダイの目が険しく細まり、地の底からマグマが沸き立つ様な野太い声で相槌を打つ。
カタギである役員はその威圧感に膝を震わせながら正気を保つのがやっとだ。

「ホースケサン・ウマヌシが、当社のバイオ・カイバとウマの購入を拒否致しまして。」
「ほほう。まるでキタノオカ・ファームの様ではないか。」
「はい。しかもホースケサン・ウマヌシは、これまで主に当社系列の払い下げのウマを購入して運営して
 いたのですが、これまで購入したウマを今後は生産に回し、地方競馬市場の独占に向けて動いて
 いるのです。」
「つまり、以前購入したウマを返さぬと?」
「はい。自社で生産するつもりです。これをご覧下さい。」

カタギがタブレットを操作し、ホースケサンの月別成績グラフを壁面にプロジェクションする。
ニンジンサンの売上が下がるのと比例してホースケサンの勢力が拡大しているのが一目瞭然である。
それはつまり、シャダイにも影響するものなのだ。

「ムハハハハ!愚かな奴らめ。インガオホーというコトワザを知らぬと見える。」
シャダイは絶大な自信と狡猾な知性をうかがわせる言葉で答えた。
「よろしい、ホースケサン・ウマヌシを襲撃する手はずを整えよう。貧民を扇動しウマヌシを襲わせるのだ。
 ニンジンサンにも協力願いたい。」
「ヨロコンデー!」
静かな殺気をたたえたシャダイの視線を受け、カタギは失禁しつつも平静を装い続けた。

「計画の遂行は迅速にな。なに、キョーソウバの力を以てすれば容易い。プランは明後日にお届けしよう。」
「アリガタヤー!」


こうしてホースケサン・ウマヌシへの襲撃が企てられた。
そして後日、同談合ルーム。同じく全裸のカタギがシャダイのもとを訪れていた。


「プランは先日送った通りだ、必要物資の協力は可能であろうな?」
「ヨロコンデ!違法薬物ミカポンを混入させたヨウブンドリンクをビバレッジ部門から500ダース提供させて頂きます!
 これを服用した貧民どもはケミカル反応を起こし、痛みも恐れも知らぬ暴徒軍団が完成致します!」

ニンジンサン・ビバレッジの主力製品ヨウブンドリンク。老若男女問わず絶大な人気を得ている商品だ。
このドリンクは一般流通こそしているものの、僅かに麻薬的有効成分が含まれており、用法用量を
守らず摂取すると非常にハイな気分になれる。

自信満々に話すカタギに対し、シャダイの顔が曇る。
「500?」
たったそれだけかと言わんばかりに、口調が突然カタナの様に切れ味鋭いそれに変わった。
命の危機を感じたカタギは、素早く自らの過ちを認めた。

「アイエエエ!大変失礼いたしました、1000ダースの間違いでございます!」
「ムハハハハ!1000!ムッハハハハハハハ!!」

シャダイは再び温和な口調に戻り、満足そうな笑い声を発した。カタギはほっと胸を撫で下ろす。
だが、それから数秒も経たぬ内に、再びシャダイの目元から笑いが消え、恐るべき暴君の目へと変わった。


「何かあったか・・・」


振り向きもせず、シャダイが呟く。するとシャダイの後ろに伸びる影の中に、いつの間にか一頭の
キョーソウバが立て膝の姿勢で控えているのだった。あの、猛禽類が如き眼をしたキョーソウバだ。

「報告致します、グランデッツァー=サンが戻りません。」
「・・・計画の遅れは許されん。奴が戻らぬなら、オヌシがヴァンセンヌに伝令を届けよ。」
「・・・御意。」

キョーソウバが再び影の中に消える。
「不安にさせたかな、カタギ=サン?」
うってかわって、シャダイが猫を撫でるように優しげな口調で言った。
「襲撃計画は必ずや実行に移される。ドリンクの準備を頼んだぞ。」
「ヨロコンデー!!」
出っ歯の小男はいそいそと談合ルームを出た。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ヒロシと二人のヘルメット工場労働者はウマヌシ襲撃を呼びかけるチラシの地図に従って、ネオフナバシの
雑然とした繁華街を歩く。
「あたる」「これで食べ放題」「不正一切なし」、下品な配色の数々のネオンが夜の闇に踊り、路上では呼び子が
「アタルヨー、あっちよりアタルヨー、これはオフレコダヨー」と必死に客寄せをしている。

「ウマヌシ襲撃とは、物騒な世の中になったものだ」と、ヒロシが他人事のように呟いた。
「何がおかしいものですか」と労働者の一人がニヤつきながら返す。
「このヤオチョーの世ではそんなもの、チャメシ・インシデントですよ」
まるでオノボリのように諭されたことに対して、ヒロシはいささか不満を覚えながら、こう返した。

「待て待て、不思議なのはホースケサン・ウマヌシが標的ということだ。確かに非人道的なウマの利用法に
 映るかもしれないが、あのウマヌシが居ることにより成り立つ地方競馬界と、それにより生きながらえる
 ことのできるウマや人間がどれだけ居ることか。」

「まあ、それはそうですが」と、既に手持ちのサケでほろ酔い顔の労働者。
「今回の襲撃は何でも奪い放題らしいし、牧場を襲撃するのではなく対象はウマヌシです。
 だから、まあ、いいじゃないですか。」
これを聞いたヒロシの中に強い嫌悪感がこみ上げる。表情にこそ出さないが、彼はこの無思慮な連中を
侮蔑した。生かされる者を預かる存在の気持ちも知らないで、と。


そう、ヒロシが過去に酷使されていたのはホースケサンだったのだ。
そこでの経験は地獄ではあったが、我慢さえすれば生きながらえることができる地獄。
ヒロシは高みを求めての勤務だったが、それが故に破綻した。
ひょっとしたらホースケサンは、このヤオチョーの世に無ければいけない存在ではないのか・・・


このように、ヒロシの中ではまだ葛藤が続いていた。本当にかつての勤め先であるホースケサン・ウマヌシの
襲撃に加わるべきかどうか、彼はまだ決めかねている。そもそも、そんな事が本当に起こるのかを確かめに
来た、という気持ちが強い。
そうこう思案している内に労働者が「あそこですかね」と言った。

そこには地下駐車場に通じるエレベータがあり、手前にはにこやかな笑みを浮かべた黒服の二人組が
立っていた。背丈は同じ、体格も同じ、そのにこやかな笑みも、全てが奇妙なほどに同じ。まるで双子だ。
彼らは「ウマヌシ関連」と書かれた立札を持っている。
黒服たちにチラシを見せると、彼らはにこやかな顔で3人の労働者を品定めするように観察した。
それからエレベータのボタンを押し、ヒロシらに下に行くように無言で促した。
ガシャコンっという音を立て、まるで出来の悪いケイバ・ゲートのようにエレベータのドアが開く。
トラックマン時代の様な、鋭い直感が急にヒロシを揺さぶる、「何かおかしいな」と。
だがもう遅かった。
「わくわくしますね」「ヨウブンドリンクも支給ですからね、飲み放題らしいですよ」
ヘルメット工場労働者の二人は呑気に構えていたが、どうやらオノボリなのはこの二人の様だ。
閉鎖されているはずの地下駐車場に到着すると、再びガシャコンっとエレベータのドアが開いた。

薄暗い照明と埃っぽい湿った空気、そして労働者達の放つ汗やタバコやサケの臭いが、三人を迎える。
地下駐車場には既に数百もの人間が集結し、ごった返していた。奥を見やれば、二十台近くの大型
バウントラックが並び、駐車場出口のスロープ手前で縦列待機している。
予想外の規模に驚き、ヒロシたちはエレベータの中でしばし立ち尽くした。

意表を突かれたが、その群衆の中に歩み寄る。どうやらヨウブンドリンクの支給待ちらしい。
ヒロシたちの前には、頭髪を黄色と緑に染め分けた四人のサイレンススズカニストが並び、狂信的に
過去の英雄への賛辞を繰り返していた。一方で後ろには黄色と水色の衣装を身にまとったミーハーな
ウオッカーズが甲高い声をあげて騒いでいる。
彼らが「どちらが強いか」という口論を始めたら、恐らく聞くに耐えない禅問答がオールナイトで
繰り広げられるだろう、まさに一触即発の状態だ。

キンキンに冷えてやがるヨウブンドリンクの山が、駐車場の中央に運び込まれる。支給の開始だ。
駐車場には大音量でクラブミュージックが流れ出し、ウマヌシ襲撃前というよりも不潔なパーティピーポーの
不法集会のようである。
参加者たちの目がドリンクに釘付けになるのをよそに、ヒロシは冷静にこの地下駐車場内の様子を観察していた。
どうやらここに集められているのは、肉体労働者、ホームレス、マケグミ・サラリマン、ユトリ失敗者、貧困オタク、
チンピラ、ケイバ・ブロガーなどなど・・・実に多種多様ではあるが、ほぼ下層市民たちが占めている。

ヒロシと共に来た二人の労働者は早速、ヨウブンドリンクに少量の安ウイスキーを加え、ハイボールに
して呷った。喉を鳴らしながらグイグイと呷る。

「オットットット!たまりません!ヒロシ=サンも一杯やりませんか?」
「聞き忘れていましたが、ヒロシ=サンはどんなお仕事をされているんですか?私たちは白いヘルメットを
 ピンク色に塗ったり緑色に塗ったりする、くだらない仕事をやっています。」

ヒロシは労働者たちの相手をせず、支給されたドリンクを飲みながら、この異様な場所から逃げ出す
隙を伺った。ヨウブンドリンクの常習性を持っていないヒロシは未だに冷静であった。
「やはりおかしい。この規模は一体なんだ?気になりはしたものの、面倒はごめんだぜ・・・」
考えを巡らせるヒロシをよそに、駐車場内のボルテージはドリンク効果により上がりはじめた。
案の定、先ほどのサイレンススズカニストとウオッカーズは口論になり、結果の見えない禅問答を
ぶつけ合い始めてしまった。踊りだす者、奇声を上げる者なども居る。

そこへ不意に、派手なLED照明で「怒り」と側面に配された威圧的な大型トレーラーが、彼らの前に
乗り付けられた。派手なスモークを伴って荷台が開き、ウッドチップ敷きの特設ステージが出現する。

ズンズンズンズンズンズンポーウ!
ズンズンズンズンズンズンポーウ!


よりサイケデリック・トランスめいた音響が強くなり、参加者たちの酩酊度を進める。
出現した特設ステージの背面には、荷台の側面にあったものと同様のLED照明で「怒り」「激しい」「怒り」と
交互に点滅を繰り返していた。
そして、ステージ中央に影が現れる。どうやら一頭のウマのようだ。


「ドーモ」


重厚なウーハーの効いたスピーカーを通して、ウマが参加者に礼儀正しくアイサツをする。


「はじめまして。私の名前はヴァンセンヌです。」


彼の両後脚には痛々しく分厚い包帯が巻かれている。インパクトのある登場と、その哀れな出で立ちに
参加者の目が彼一点に集中するのを確認すると、音楽の音量が下げられ、ヴァンセンヌは語りだした。

「今回皆さんに集まっていただいたのは、あの憎い憎いホースケサン・ウマヌシに復讐を果たす為です。
 私の哀れな身の上をお話しさせてください。

 私は、数ヶ月前までホースケサンの所有ウマでした。安い賃金で強制労働を強いられ、賞金はロクに
 手元にも来ず、貧困な生活を送っておりました。
 使い続けられた上に、個人の私腹を肥やそうとするホースケサンの重役たちは設備投資をせず、老朽化した施設の
 中で疲労に喘ぐ私は、スシ詰めの様な牧場厩舎で転倒してしまい、両後脚の腱を痛め、走れなくなりました。
 わずかな退職金とカイバを渡され、私は引退させられました。
 私と同じような境遇の元ホースケサン所有ウマが、ほかに何千も居ると聞きます。

 しかし私は幸運でした。その退職金でサンレンタンを買い、爆穴大的中し・・・運良く、本当に運良くカチグミに
 なれたのです。今回皆さんにお配りしたヨウブンドリンクも、私のポケットマネーから出したものです。」

スピーカーのエフェクトが強まり、扇情効果は更に高まる。
ヒロシはヴァンセンヌの言葉に感銘を受けた。実存の意味を失いかけていた自分という点が、不意に無数の
点と繋がり、今ならどんなレースでもサンレンタンを当てられるような高揚感を味わった。だが・・・


ナムサン!彼は気付いていないが、その衝動の大半はドリンクに
混入された違法薬物、ミカポンによるケミカル反応なのだ!!



ミカポンは、その名の通り、欲望の開放を促す危険薬物である。これを摂取した者は善悪の判断も
無しに直情的になってしまうのだ!
LEDが激しく点滅する中、ヴァンセンヌが畳み掛けるように語る。


「ホースケサン・ウマヌシは暗黒メガコーポです。
 彼らの救済措置に見えるウマ雇用は偽善!
 皆さん、共に打ち倒しましょう!」



これを聞いた参加者たちのケミカル反応は最高潮に達した。ヴァンセンヌがその様子を見て不敵に微笑む。
洗脳完了だ、ホースケサンへの敵意の塊となった暴徒集団が、今ここに完成した。
急性ミカポン中毒者たちは理性なき猛獣と化し吠え猛り、にこやかな黒服たちに促されバウントラックに
分乗し始めた。

自制心を働かせてドリンクを一本しか飲んでいなかったヒロシは、急性中毒の手前で踏みとどまっていた。
だがもはや、無人バケン・バーに居た頃の枯れた静けさは微塵も漂わせていない。
理性が吹き飛ばなかったからこそ、ミカポンのケミカル反応が具体的に彼のニューロンを駆け巡る。
今、彼は敗北感に打ちひしがれていた、自身の予想に対する敗北感に。

彼の脳内では、無難かつ理論的なそれまでの自分の予想方法が炎によって焼き払われていた。
その代わりに、暴力的ながらもリアルな躍動感に溢れた予想手段の数々が、恐ろしい程鮮明に浮かび
上がってきていたのだ。

「俺のバケンは、なんと無価値で没個性だったことか!」

彼は心の中で苦々しく叫ぶ。
だが敗北感と同時に、ミカポンの化学反応による新たな勝利の希望が沸き上がってもきていた。



「俺はこの襲撃で鬼になろう。そこで見たものを
 糧とし、予想に活かすのだ!!」




~つづく~


 

[ 2015/07/11 00:24 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(6)

ウマスレイヤー 04

【04】


無人バケン・バーは、ネオフナバシの下層モータルにとって典型的な娯楽施設だ。
大衆が好むウインズの様な喧騒は無く、他人と関わることもない。
無人が故にコストが削減できるのもさることながら、それを消費者に還元しているのが
最大の魅力であろう。要はブックメーカー方式なのである。
勝負師同士の純粋な勝負の場だからこそ、固い時はより固いオッズにもなるが、波乱が起こる時は
より破格のオッズにもなる。流されやすいもの、己が道を行くもの、その敷居はウインズよりも低くも
あり、高くもあるのだ。個の勝負の場としての意味合いは無人バケン・バーの方が強いであろう。

今日も無人バケン・バーには、人との関わりに疲れた男たちが集う。

「誠実」と書かれたノーレンをくぐると、そこには一人用のカウンターがズラリと並んで
いる。大体の無人バケン・バーはこの様な横長の作りになっている。
下層モータル相手の商売なので、店舗は一様にして不潔である。管理がしっかりしている
のはオッズコンピュータだけで、店内清掃員は雇用されていない。
足元には予想が書かれたシンブンシ、ハズレバケン、ウンコなどが散乱している。
壁に貼られた「ゴミはゴミ箱に」という標語が虚しさを増幅させているが、客たちにはどうやら
全く関係ないようだ。

今日も一人、また一人と眼の死んだ男たちがノーレンに吸い込まれていく。

彼もその無人バケン・バーの常連に、つい最近なったばかりだ。
空席に腰掛け、握っていたシンブンシをカウンターに広げると、今度はポケットから三枚の
百円玉を取り出して、カウンターに設置された「百円玉のみです」と書かれた現金投入スリットの
前に置いた。この街の下層モータルは紙幣など持っていないのだ。

虚ろな眼でシンブンシにペンを走らせると、百円玉を一枚スリットに流し込み、タッチパネルを
素早く操作して音声認識システムに言った。




「・・・ワイドだ。」



彼、マツモト・ヒロシの馬券師としての夢は、
おおかた潰え、狂ってしまった。



元々、彼は腕利きのトラックマンであった。
しかし、馬券師としての道を歩もうと更なる高みに登るべく向かった先で、彼は
酷使されノイローゼになり、過労死寸前まで追い詰められた。
その結果、ボロのように見放された彼のソウマ・アイは著しく低下してしまったのだ。
彼の予想はそれまでの輝きを失い、そのホンメイは「ヒロシズ・インパクト」と揶揄される程にまでに
成り果て、現在のケイバ・シティ・ジャンキーに彼の予想を信用する者は誰一人として居なくなってしまった。
むしろ今となっては昔の話、彼の存在自体が最早無かったかの様になり、周囲に気付かれもしない。
万が一気付かれても恥の上塗りであるが為に、彼は無人バケン・バーを訪れる。

おお、見よ、先ほどのワイドも見事に3、4着である・・・

彼は再び無感情にシンブンシにペンを走らせると、百円玉を一枚スリットに流し込み、タッチパネルを
素早く操作して音声認識システムに言った。



「・・・ワイドだ。」



今のヒロシに残されているのは、定期購読になっているエイト・シンブンだけだ。
エイトは、維持費もかさみ、アルバイトで稼いだ日銭はほぼ全てエイトのシューキンババアに回収される。
今月こそ断ろうと何度思ったことか、しかしヒレツ!シューキンババアは回収の都度、センザイやオモチで
彼を誘惑する。それでも購読を拒否しようとすると、彼女は放蕩息子の話を持ち出し、ここで契約が取れねば
家族一同路頭に迷うと、涙ながらに懇願するのだ。
そんなものはブラフだと解っている。だが結局断りきれず、未だに彼はエイト・シンブンを手放すことができない。

おお、見よ、このワイドも見事に3、4着である・・・

彼は再び無感情にシンブンシにペンを走らせると、最後の百円玉を一枚スリットに流し込み、タッチパネルを
素早く操作して音声認識システムに言った。



「サンレンタ・・・
 いや、ワイドだ・・・」




本当に買いたいのはワイドではなくテイスティ・ミョウを豊富に含んだサンレンタンだ。
だが今はそんなチャレンジができる程の自信が、彼には存在していない。このテイスティ・ミョウにニューロンを
支配された経験が無いわけではない、一度のサンレンタンでアドレナリンがフツフツとスキヤキめいて沸き立つ
感覚は確かに甘美だ。ワイドでは味わえない。
だが、世の中そんなに甘くはないと、彼は悟ったつもりだった。


・・・しかし皮肉なものである。こういう場合に限りサンレンタンとは
当たるものなのだ。まさにショッギョ・ムッジョとはこのことだ。あの時、
音声認識システムがサンレンタンを認識していれば・・・



ワイド切り替えなどという弱気さに、自身のコシヌケ具合を呪いながらヒロシはほくそ笑んだ。
多分、己がサンレンタンを買っていたら、あの3着のハナ差は裏返っていただろうと・・・

トラノコの百円はなんとか五百円になり、彼は深追いすることなくその場で天を仰いだ。
別に、今はバケンで生計を立てているわけでもない。これは馬券師への未練がそうさせているのだ。
残された道への利己的なウン・テストである。しかし・・・


腐っていても何も始まらない。今度こそシューキンババアの契約を破棄しよう。
このバケンが最後だ、恐らくブッダ・オオカワのおぼしめしだ。サンレンタンにしておけばよかったなんて、
馬券師を目指す者を嘲笑う結果ではないか。これを換金したら、次の仕事を探しに行こう。
そう考えて席を立とうとしたヒロシは、偶然にも隣の二人の客が仕切り板越しに話している
会話の内容を聞いてしまったのだ。

「本当ですか?」
「ええ、本当です」

その工場労働者と思しき二人の客は、酒に酔った勢いか、ウカツにもかなり大きな声で
密談を行っていた。


「悪いウマヌシへの襲撃ですか?」「はい」
「誰でも参加できるんですか?」「はい」
「炊き出しもありますか?」「ヨウブンドリンクの支給があるらしいですよ」


ヒロシは反射的に席を立ち、二人の肩に手を回した。


「なあ、あんたがた。俺もそのウマヌシ襲撃ってやつに参加
 したいんだけど、どうしたらいいんだい?」




++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ネオフナバシ南部 ホウテン第二地区。

労働者をスシ詰めにした威圧的なバウントラックが往来し、吐き出される排気ガスが
闇の渦巻く都市の下水溝を湯気めいて流れていく。
まさに競馬四季報で予言されたヤオチョーの世の一側面だ。

ハズレバケンが風に舞いストリートを飛び交う中、1頭のキョーソウバが灰色のコンクリートスラム街の
屋上を飛び渡っていた。
キョーソウバの名はグランデッツァー。シャダイ・シンジケートの斥候だ。
彼らはウマソウルに憑依され、闇に落ちた者たちである。グランデッツァーが手にしたものは、通常の
ウマの三倍以上の脚力。だが、その彼がよもや敵から追跡を受けようとは、彼自身ですら予想だに
していなかっただろう。

しかしグランデッツァーは憔悴していた。何者かが自分をつけ回している。誰かに監視されている。
その焦りから、彼は屋上から身を隠す為にコンクリートスラムの地上に降り、ほの暗い地下馬道に潜り込んだ。
しかし運悪く、地下馬道はその先で行き止まりになっていた。


そこに・・・


「Fumikitte Jump!!」


禍々しくも躍動感のある掛け声と共に、彼を待ち伏せていたかのように地下馬道の天井にある
通風孔を突き破って、もう一頭のキョーソウバが飛来し、グランデッツァーの退路を塞ぐ。

闇の中で対峙する2頭のキョーソウバ。
彼らはお互いの中心点を軸にして、円を描くようにじりじりと横歩きし、スタートの間合いを探る。
構えにスキを見せぬまま、通風孔から現れたキョーソウバが言い放つ。


「諦めるがよい、グランデッツァー=サン。オヌシにもう逃げ場はない。」
「どうして俺の名を!?貴様はもしや、ヒットザターゲット=サン!!」


「ドーモ、ヒットザターゲットです。」
「ドーモ、グランデッツァーです。」



アイサツをしながらもグランデッツァーは考えを張り巡らしていた。
このキョーソウバの話は最近よく耳にする。シャダイのキョーソウバを全て追い抜くなどというビッグマウスを
叩き、組織に仇なすサックスブルーに赤いクロス・メンコのキョーソウバ。しかしてそのテマエは、ビッグマウスを叩く
だけのことはあるものだと聞く。
既に間合いは、このキョーソウバが現れた時点で相手にある。ならばここはアンドー・サシミの言葉を思い出せ!


「肉。切らしといて骨狙うと、相手は倍、痛がる
 かもしれんね。ようできてるわ。」



だが、アイサツをし終えてまず動かんとしたグランデッツァーの計画は脆くも崩れる。
それは0.02秒の攻防!ヒットザターゲットの右前がムチの様にしなり、いとも簡単にグランデッツァーは交わされた。
「イヤーッ!!」「グワーッ!!」

たまらず差し返そうときびすを返すグランデッツァー。
まだステッキを入れれば反撃はできるはずだ。

しかし機先を制する様に、ヒットザターゲットの右前がムチの様にしなり、再びいとも簡単にグランデッツァーは
突き放された。
「イヤーッ!!」「グワーッ!!」

まるで逆転のスキを与え、抵抗してきた獲物をいたぶるかの様なヒットザターゲット。
たまらずグランデッツァーが物言いをする。
「ま、待て、ヒットザターゲット=サン!俺を追い抜いても組織が貴様を・・・」
だが有無を言わせず、ヒットザターゲットの右前がムチの様にしなり、再びいとも簡単にグランデッツァーは
突き放された。
「イヤーッ!!」「グワーッ!!」


・・・ヒットザターゲットが接近する。
「洗いざらいしゃべってもらうぞ。シャダイのことを。」
だが・・・


「・・・サヨナラ!!」


グランデッツァーはそう言い残すと、彼は自らレースを捨てる様に馬群に飲み込まれていった。
ヒットザターゲットが忌々しい顔で舌打ちする。


・・・ヤラズだ。


邪悪なキョーソウバ組織、シャダイの秘密は聞き出せず、再び闇の底に沈んでしまったかの様に思われた。
だが、ヒットザターゲットはグランデッツァーの通過した芝の上に何かを発見し、手を伸ばした。
マークシートである。グランデッツァーは、これを何者かに届けようとしていたのだ。
イロハをマークされたマークシート。マークされた文字を順を追って読むと、それがシャダイの次のミッションであることが
判明したのだ。


「コヨイ ホースケ シウゲキダ」




~つづく~




※つづくよ!!ザンネン!!




[ 2015/07/05 00:00 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(9)

ウマスレイヤー 03

【03】


「休む暇など与えぬぞ!イヤーッ!」

追っ手がヒットザターゲットに追いつく。今がチャンスだと判断した追っ手のキョーソウバは
躊躇なくスパートした。

サポロから開始された追跡劇は、今やネオフナバシに至っている。
ケイバ・シティであるネオフナバシには各所に競馬場めいたオブジェが点在している。

ヒットザターゲットはキョーソウバのスパートを躱すとその身を翻し、回転跳躍!
くるくると高く回転しながら跳んだヒットザターゲットは、路外の巨大オブジェクトの上に着地した。
深緑色に塗られたスタート台の上に!


「ドーモ、はじめまして。ヒットターゲットです。」
「ドーモ、はじめましてヒットザターゲット=サン。
 エキストラ・エンドーです。」



ヒットザターゲットはスタート台の上からエキストラ・エンドーを見下ろした。
このスタート台もネオフナバシのケイバ・オブジェクトの一つである。高層ビルが縦並ぶ中には
他にもゲート、電光掲示板、大竹柵、ハイセイコー像などが奥ゆかしく配置されているのだ。


今まさにこの時、観客沸き立つ重賞アワー!
荘厳なるファンファーレが、壮絶な
レースの開始を告げる!!








「押っ取り刀で駆け付けたか、腐れ鼠め。オヌシの仲間がいかにして抜かれたか知りたいか。」
スタート台の上からヒットザターゲットが問う。
「その必要はない。」エキストラ・エンドーは返した。
「奴らの敗戦はモニタリングしておった・・・サンシタが何頭抜かされようがどうでもよし!だが、貴様は
 逃げおおせることはできん!」

ヒットザターゲットの眼が鋭く光る。明らかに先の2頭とは格が違う。
その肌から感じられるテマエ、宿しているウマソウルは遥かに格上だろう。
隙を与えんとするエキストラ・エンドーは「イヤーッ!」と掛け声を挙げ、再びヒットザターゲットに
襲いかかった!


「『シャダイ』に楯突く行為がいかなる罰を招くか、これからお前は
 知ることになる!」

真横に対峙したエキストラ・エンドーが言う。彼のブリンカ・スカウタは今も尚ヒットザターゲットの能力を
つぶさに分析し続けている。


「おお・・・『シャダイ』。」
ヒットザターゲットが微笑を浮かべ、エキストラ・エンドーに応える。
この間も激しいレースは続いている、その中でこれだけの会話が交わされるということは
互いに間違いなく手練の域!

「その黄色と黒のストライプエンブレム、オヌシらの名は『シャダイ』か・・・覚えたぞ。」
「オヌシの目的を言うがよい!」
エキストラ・エンドーは問うた。

高性能であるはずのブリンカ・スカウタは未だにこのクロス・メンコのキョーソウバの実力分析が
できていない。こんなことは過去に一度として無かった。
堂々たる戦闘者の態度の奥底で、彼は密かに名状し難い不安を覚えていた。

「目的か」
ヒットザターゲットは喉を鳴らして笑った。
手練であるはずのエキストラ・エンドーは、その笑みから感じてしまった恐怖を押し殺した。
そして、ヒットザターゲットがその目的を語りだす。



「キョーソウバを追い抜く。当然、
 オヌシも追い抜く。」




言葉を連ねる程、ヒットザターゲットの言葉がドスを増す。
彼は更に憎悪の篭った声でこう続けた。



「シャダイのキョーソウバを全て
 追い抜く!!キョーソウバを、
 すべて追い抜く!!」



彼の額のクロスが禍々しく赤く光る。
眼は血走り、肌に突き刺さらんばかりの怨念と殺気がエキストラ・エンドーに届く。
(此奴は本気でそう言っておるのか・・・バカメ!)
消されぬ恐怖に抗うかの様に、そのフクナガめいた目的にエキストラ・エンドーが返す。

「なんたる気性難の戯言!!」

挑発めいた言葉に再びヒットザターゲットが嘲笑する。

「・・・果たして戯言かな?」

気性難であることを否定せず、ヒットザターゲットは不気味にそう答えた。
エキストラ・エンドーの背中にゾクリと冷たい感触が走る。コワイ!

「イヤーッ!」エキストラ・エンドーはキックバックを上げ、ヒットザターゲットを牽制する。
懐に潜り込ませるわけにはいかない、このキョーソウバはキケンだ!芝生を高々と蹴り上げて視界を
奪い、怯んだが最後、一瞬でレースを終わらせてやる!

しかしキックバックの塵の中にヒットザターゲットの気配は・・・存在していない!
「どこを見ておる、フシアナめ!」
先程まで直後に居たハズのヒットザターゲットの声は、エキストラ・エンドーの耳元で鳴った。
「アイエエエ!?」

エキストラ・エンドーはシャダイ・キョーソウバの手練だ、過去にキンパイを手にした実績もある。
それだけに斤量も見込まれている。58kgの斤量を背負いながらも、その身のこなしは実際敏捷!
ケツァルテナンゴやアッシュゴールドとは次元の違うテマエの使い手である!

だがしかし、ブリンカ・スカウタの奥のエキストラ・エンドーの目には緊張が血走り、息遣いは荒かった。
キョーソウバとしての本能・・・あるいは、彼が宿すウマソウル・・・が、目の前の敵のテマエを恐れたのだ。


ステッキも使わず、気配も無く内に付けた
このクロス・メンコのキョーソウバのテマエを!!



ヒットザターゲットの不吉な姿は街の光を受けてまだらに揺れた。
ブリンカ・スカウタがその姿を真近で照準し、ようやく分析結果が表示される。


ピーピピピ ピーピピピ 
チチーッチッチッチ
カチカチカチカチカチカチカチカチ
ポポポポポポポポポポ
フュイーン ピピピピピ
ピー!




「栗毛」 「キン✕タマ」 「以上」

ナムアミダブツ!!

その分析結果は、あまりにも未知!!



エキストラ・エンドーは憔悴した。そのプレッシャーに耐え切れず、ステッキを何発も入れる。
だが、その反撃すらもヒットザターゲットは楽々と躱した。
最早、その光景は戦いになっていない。まるでヒットザターゲットの能力試験にあてがわれた
エキストラ・エンドーが弄ばれているかの様な地獄絵図ではないか!

エキストラ・エンドーはよろめいた。なんとか攻勢を立て直そうとするも果たせなかった。
スタミナの消耗が大きすぎる、走った距離が長過ぎたのだ。
彼の視界は歪み、ステッキは悲しく空を切っていた。もう膝が上がらない。

(何故この所属すらも解らぬ手負いのキョーソウバに、手練である自分が追い抜かされるというのか!
 俺は・・・俺はシャダイのキョーソウバなのだぞ!シャダイの、キョーソウバなのだぞ!!)

そんな彼の意志とは無関係に、無慈悲にヒットザターゲットがトドメを刺す。

「イヤーッ!!」
「グワーッ!!」


・・・ステッキは一度も抜かれることは無かった。エキストラ・エンドーにとってはあまりにも
屈辱的なトドメだ。遥か前方を走るヒットザターゲットは一度だけ無感情な表情を湛えて
振り返ると、何も言わずに彼を置き去りにした。


「・・・サヨナラ!!」
ゴール板を迎えるまでもなく、エキストラ・エンドーは
力尽き、掲示板外へ消えた。



・・・かくして、3頭のキョーソウバがヒットザターゲットの最初の餌食となった。
だがそれは、このクロス・メンコの無慈悲な復讐鬼がこのさき切り拓く血と屍の道の規模からすれば、
ごくごく些細な先触れに過ぎなかったのである。



「・・・・・・」

ネオフナバシの中央部、ノーザン・ステート最上階。
ネオフナバシの妖しい夜景を眼下に見ながら、猛禽類の如き鋭い眼をした一頭のキョーソウバは
エキストラ・エンドーの残した記録を受信した。そのキョーソウバが発するテマエは、並みのモータルなら
あてられるだけで失禁してしまう程のタツジン級であると推測される。

彼は奥のタタミ玉座に鎮座する主を見やった。意見を求めるかのように。
威風堂々とした巨躯から湧き上がる強者の空気、威圧的な姿のケイバ・シティの帝王、そう・・・



シャダイだ!!



ウマスレイヤー「シャダイ」




シャダイは、足元のキャバジョーが差し出すオーガニック・カイバの束を二つ同時に掴みながら、
彼に向かって言い放った。


「捨て置けい!!」


「・・・仰せの通りに。」・・・キョーソウバは静かに去った。
それを見届けたシャダイは


オーガニック・カイバの束にオーガニック・ミソを
たっぷりと塗り、一度に二束食べたのである!!






~つづく~




※実際、大丈夫じゃない気がしてきた



[ 2015/07/01 21:41 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(2)

ウマスレイヤー 02

【02】


牧場襲撃から約2時間後、ヒットザターゲットはサポロ・ウインズの巨大な窓ガラスに手をつき、今にも倒れそうに
なるのを必死に堪えていた。

メンコの下の身体はひどく傷ついており、消耗していた。先程のキョーソウバとのレースによるダメージではない、
その前の爆発によるダメージだ。その時まで彼はキョーソウバではなく、ただのウマだったのだから。
彼は混濁する記憶を呼び覚まそうとした。そう、彼はあの爆発で記憶を失っていたのだ。


「だこー」


彼は呟いた。その名を呼ぶと記憶が微かに蘇り、像を結んだ。


「だこー」


あの場所に、既に姿は無かったが、彼の親友の名だった。
記憶が少しずつ逆流してくる。
「ヒットザターゲット」
彼は己の名を呟いた。忘れぬように。
「私はヒットザターゲットだ」


「そのとおり。」


嗄れた声が頭の中に直接答えてきた。ヒットザターゲットはハッとして顔を上げた。
目の前にある巨大な窓ガラスに目をやると、そこには漆黒のキョーソウバらしき姿が
おぼろげに映し出されていた。


「ドーモ、ヒットザターゲット=サン。
 キズナ・ウマソウルです。」



窓に映る者が言う。ヒットザターゲットは訝しんだ。
「ドーモ、キズナ・ウマソウル=サン・・・一体、貴方は・・・」
ヒットザターゲットは震えた。
「キョーソウバ・・・?」

「さよう。キョーソウバだ。」
窓に映る者は得意気に鼻を鳴らし答える。

「キョーソウバを追い抜くキョーソウバだ。」

キズナは言った。ジゴクめいた、慈悲無き声音だ。
「ワシと共に復讐を果たすべし。」
彼のメンコの真っ赤なクロスが傷のように疼く。

「キョーソウバ、追い抜くべし。」
「そうだ・・・キョーソウバが牧場を・・・だこーを・・・」
「さよう。キョーソウバが全てを奪った。オヌシ自身も死の淵にあったが、ワシが繋ぎとめた。」
「・・・」


「キズナだけに繋ぎとめたのだ。」


何やら得意気に言うキズナの話を、ヒットザターゲットはただただ呆然と聞いていた。



「キズナだけに繋ぎとめたのだ。」



ヒットザターゲットは反応できなかった。
窓に映る者の存在を未だに理解しきれていなかったからだ。
「ワシがオヌシを救ったのだ、復讐の機会を与えるために!」
その邪悪な幻影の目が点のように凝縮し、審議の青ランプめいて燃焼している。

「復讐」

ヒットザターゲットが呟いた。今は彼が何者かよりも、牧場を襲ったキョーソウバへの憎しみの方が
実際大きい。
「キョーソウバを追い抜く・・・できるのか、そんなことが。」
「できる」
キズナは低く言った。


「オヌシはワシだ。キョーソウバを追い抜くキョーソウバだ。
 望みを果たせ、ヒットザターゲット!」

「復讐!!」
「そのとおり!ワシに任せよ、追い抜くのだ!!」



たちまち先のレースの記憶が蘇った。
私はたった今、2頭のキョーソウバを追い抜いてきたではないか。
黄色と黒のストライプのエンブレム!あの2頭の胸にあったエンブレムがくっきりと思い出された!
故郷と友を奪った憎むべき集団!自らを絶対強者と信じて疑わぬ者達を、逆に恐怖のどん底に
叩き落とし、蹂躙する・・・なんと心地よい体験だった事だろう!!

雷鳴が轟き、にわかに雨が降り始めた。
ヒットザターゲットは己の蹄を見つめた。そしてウインズのガラスを見た。そして、ガラスに映る
クロス・メンコのキョーソウバが自分自身であると理解した。
彼は、キョーソウバは追い抜くキョーソウバとなったのだ・・・


ウマスレイヤーに!!


「イヤーッ!」ヒットザターゲットはキックを繰り出しウインズの窓ガラスを蹴り割った。
ウインズの警報音がけたたましく鳴り響く。
「アイエエエ!キョーソウバ!?キョーソウバナンデ!?」
通りすがりのカイバ配達員が行いを目撃し、トラクターを転倒させた。
重篤なKRS(キョーソウバ・リアリティ・ショック)だ、世間一般ではキョーソウバは存在すべき場所が限られており、
ありえない場所で唐突にキョーソウバに遭遇するとバケンを外した時の記憶が堰を切って押し寄せ正気を失う!
路上には束になったカイバが散乱した。
ヒットザターゲットは、その内の一つを抱え込み、その場から消え去った。
そう、この時既に彼は新たな刺客の気配を察していたのだ!


二足走行モードに切り替え、ヒットザターゲットは走りながら先程のカイバを次々に口に放り込んでいた。
カイバにはキョーソウバに必要不可欠なエネルギーが含まれている。
完全栄養食として重宝されるカイバは、キョーソウバだけでなくモータルの間でも人気が高く、
特に安価で大量生産可能なバイオ・カイバはこの世界には必要不可欠な存在だ。
天然素材を用いたオーガニック・カイバは非常に高価な為、余程のカチグミでないと手に入れることが
できない。


「カイバ。体力回復にはまずコレやね。ええもん持ってる。」と、
かの名人アンドー・サシミの言葉にもある。



ハイウェイを疾走しながら南下する彼にはもう解っていた。

「つけられている」

背後から新たなキョーソウバが接近している。
そのキョーソウバは先を行くヒットザターゲットを静かに分析しながら間合いを詰めていた。
牧場襲撃の最中、そのキョーソウバはやや離れた位置に待機し、周辺区域をモニタリングしていた。
万が一の事態に備える為だ、いくらサンシタとは言えしくじりを犯すわけもなかろうが、古いコトワザに
「ノーレンにラリアット」という言葉もある。

しかして、その万が一の事態が起こってしまった。
彼はケツァルテナンゴとアッシュゴールドが掲示板から消失したのを確認し、そこに新たに1着表示された
キョーソウバの存在を確認していたのだ。

そして今、彼はヒットザターゲットの姿を捕捉した。
彼のブリンカ・スカウタがヒットザターゲットのステータス表示を高速で展開する。


ピーピピピ ピーピピピ 
チチーッチッチッチ
カチカチカチカチカチカチカチカチ
ポポポポポポポポポポ
フュイーン ピピピピピ
ピー!


『カイバ』
『カイバ補給中な』
『カイバを食べている』



分析結果にキョーソウバが唸る。



「さては手負いか!!」



今まさにカイバで体力回復を図っていることを冷静沈着に割り出した!
仕掛けるなら今だ!
「休む暇など与えぬぞ!」
ここぞとキョーソウバは加速、ヒットザターゲットに追いつく!!






~つづく~





★おまけ

常連ヘッズの「通りすがりの馬主さん」が描いてくれました。ありがたうございます!!


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※クリックで原寸大


いやぁ、居るものですね!!
バカな人って!!

(究極的にホメてるつもりです)



[ 2015/06/25 23:59 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(4)