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ラストラン ③もう一度だけ

翌日の朝。

「あら、早いのね。」
「…先に居た君に言われると嫌味にしか聞こえんのだが。」

トレーナー室にはベテランよりも先にキングヘイローが来ていた。

「これを渡したくて。」
「そうか。」

言葉数の少ない会話、互いが理解している証拠だ。キングヘイローがベテランに差し出した封筒には、妙に力強い筆文字で「退部届」と書いてある。ベテランは「ふぅ」と息をつき、断るわけでもなくそれを受け取った。

「すんなりと受け取ってくれたってことは、あなたも解っていたって
 ことなのね。」
「なんとなくな。」
「…お世話になったわ、高松宮記念を勝てたのはあなたのおかげよ。」
「そう言ってくれると報われるよ。」
「コーヒー淹れておいたから。飲むでしょう?」
「朝のこの部屋は本当に寒いからな、君も少し暖まっていきなさい。」
「…そうさせてもらうわ。」

踏ん切りをつけたキングは穏やかだった。

「もうこれ以上は登れない、そう自分で判断したの。」
「俺も気付くのが、いや、俺から君に言うのをためらい過ぎていてな。」
「どの辺りで?」
「高松宮記念のレース後。いつもの君なら俺に得意げに高笑いしそうな
 ものだろ?だが、君はそうしなかった。おかしいと思ったよ。その後の
 レースも君は頑張ってはいたが、何かが違った。」
「よく見てるのね…隠せないものね、ウララさんにも気付かれてしまって
 いたわ。」
「同室の?」
「あの娘はね、空気は読めないけど、空気が変わったことに気付くことは
 できるのよ。今までの私と何かが違うって感じさせてしまったんだわ。」
「そうか…」
「G1を勝てたことで、知らず知らずの内に糸が切れてしまったのかしら。」

ベテランが退部届をデスクに置く。
キングは寂しそうな笑みを浮かべ窓の外を見ながら言葉を続けた。

「これ以上走っても敗北を積み重ねるだけ。デジタルさんに高説じみた
 ことを垂れた矢先にこんなことを決めてしまって、あの娘に顔向け
 できないけれど、醜態をさらし続けるのも辛いわ。」
「…」
「わかっててもらえていた様で話が早くて助かったわ。今までありがとう、
 トレーナー。」
「ああ。次で最後にしよう。」
「そうね、次で………って、次ぃ!?」

ベテランのサクッとした切り返しにキングの声が裏返る。


「もう一度だけ走ってくれないか。有馬記念で。」


今までの雰囲気をダイナミックに破壊したベテランに、キングは動揺を隠せなかった。ここまでの会話で彼が充分に自分の限界を感じていることは解った、それなのに次という言葉が出てくるとは考えもしなかったから。
しかも「有馬記念で」と言うではないか。自分にスプリンターとしての道を歩ませ、その通りに頂点に立たせたトレーナーの判断とは思えない選択肢だ。正気じゃない。
先ほどまでの穏やかな表情から一変し「何を言ってるんだこの人は」という呆れ顔でキングが直球をベテランにぶつける。


「あなた、ひょっとして相当なおばかなの?自分で何言ってるか
 解ってるの?ひょっとしてタキオンさんに変な薬盛られてる?」
「いやぁ、ちょっと前のコトなのに妙に懐かしいな、君のそういう
 感じ。最近違ってたもんな。」


静謐な空気が崩れ落ちる。先ほどまで寒かったトレーナー室が妙に暖かく感じられる。自分の決断を小馬鹿にされたような雰囲気なのに、ベテランの言うことは悪い冗談にしか聞こえないのに、キングはこの男が語るであろうその先を聞きたくなった。

もう一度走ってもいいのか、もう一度なら走れるのか。

このベテラントレーナーは正論と無難の塊だ。そこを前提とした策士だ。
それが今、無策と無謀と無根拠と、無理を言おうとしている。
自分に出来ること探してを言ってきた人が、自分には出来ないことを言おうとしている。

有馬記念という憧れの勲章を題材に。

「ちょっと整理させてもらえる?まず聞くけど、本気なの?」
「こんなジョークあるか。」
「ならば何故、有馬記念?」
「そこしかないからだ。」
「ふぅん…それはトレーナーとしての判断なの?」
「いや、ファンとしての希望だな。」

あしらうつもりで「それはトレーナーとしての判断なの?」と聞いたキングはがくりと首を下げた。ニヤけながらベテランが復讐にかかる。

「君のトレーナーがこんな判断するわけないじゃないか。狂ってるわ。
 いつから君は2000m超の距離を走っていない?そうさせたのは
 誰だっけ?」
「あなたねぇ、自虐がそんなに楽しいのかしら?」
「だが、ファンとしては違う。」
「ファンとしてって、そんな漠然とした…」

もう少し説得力のある話を期待していたキングは更に呆れた。だが、それでも尚、ベテランが冗談を言っている風には思えない。本気で自分を有馬記念に出走させようとしている、それだけは確かだ。


「君よりファンの方が諦めが悪いのかもしれないよ。」


ベテランの言葉にキングがハッとする。
自身の掲げていた「絶対に諦めない」という意志、それをファンの方が上回っている。そう言われ急に悔しさみたいな感情がこみ上げてきたが何故か否定できない。ベテランの表情はただただ優しかった、嫌味ではないのだろう。

「そんなファンが俺だけでなく、君には沢山居るんだ。俺も正直
 驚いたよ、高松宮記念の、あのスタンドの光景には。」
「…担当ウマ娘に対して失礼過ぎやしない?」
「って返すってコトは、君自身も驚いていたってことだ。」
「…ええ、そうよ。」

ふくれっ面でキングがぷいっと外を向く。

「意外だったわ、そして嬉しかった。凄く。」
「あの時、君が背負っていたものは凄く大きいんだ。」
「背負っていたもの?」
「あの歓声は、君の世代への歓声でもあるんだよ。君が背負ってゴール
 したものはスペシャルウィークでありグラスワンダーでありエルコン
 ドルパサーであり、セイウンスカイでもあったんだ。」

キングの胸がぐっと締め付けられる。幾度となく自身を打ちのめしてきた同期の4人、だがセイウンスカイ以外は既にトゥインクルを降りている。セイウンスカイも怪我をしてしまい長期の戦線離脱中。その4人のライバルとして自分は数えられていただろうか。
4人との友人としての関係は良好だが、キングは彼女達を心底恨めしく思う時も多かった。だからベテランの言葉がキングには嬉しくなかった。あの高松宮記念の歓声は自分だけに贈られたものではない、そう言われている様に思えたから。でも、彼女達が居たから今の自分があるというのも間違いない。あの、恐ろしく強い同世代の友人達。

「彼女達のことは嫌いかい?」
「…憎かったわ、でも今はそれ以上に大切な存在よ。」
「そうか。」
「でもこの話が有馬記念とどう関係してくるというの?」
「さっき君が自分で『知らず知らずの内に糸が切れてしまった』と
 言ったが、確かにそうかもしれない。その安堵が先に響いたって
 ことなのかもしれない。あの光景を見れたことで、これが最後でも
 いいと君が思ってしまったのなら。」
「…」


「あの時のファンはそう思っていないよ、未だにキングヘイローを
 諦めてはいない。そして未だに君の背にあの4人を乗せている。
 それが目に見えて解るのが有馬記念なんだ、君はファン投票で
 絶対に上位に選ばれる。」
「!!」


普段は飄々としているベテランが目に力を入れて言った。思えばこのベテランの口から絶対なんて言葉が出てきたことがあっただろうか。キングは少し高揚した、今まで自覚にない「ファンと世代を背負う」という使命の様なものに。それでも不安は未だに大きい。

「あのねぇ、有馬記念よ?そりゃまあ、私のファンは…高松宮記念で
 驚きはしたけど、あれだけ居るんだって。でも距離よ、今年は
 マイルまでしか走っていないの。高松宮記念の倍以上の距離なのよ。
 そんな私に投票するなんて…」
「選ばれるさ。」
「珍しく自信満々なのね…」
「だってキングヘイローだからな。」
「あなた、そんなキャラだったっけ?まるで…まるであの人みたいよ。」

初期衝動の塊だったような自分と共に駆け出した前任の若手トレーナーの事が脳裏に浮かんだ。
理論的ではないにしろ自分のことを信じて情熱を注いでくれた彼と、「焦るな」が口癖みたいな現担当のベテランとは対照的な人物だ。

「アイツかぁ。」
「そう。あの時は二人して勢いと才能だけでどうにかなると思い込んで、
 このトゥインクルに乗り込んだ。まるで今のあなたはあの人みたいよ、
 そんなロマンチストだったかしら?」
「だとしたら、やっぱアイツと君は合っていたって事かな。あの時は
 未熟だったってだけで。」
「何よそれ、自分で役目を買っておいて。」
「ともかく、今の君にとって『何かを背負っているって自覚』を持って
 レースに臨める状況は悪くないと思う。『ここで終わり』ではなくて
 『次で終わり』と決めて挑んだ方が力は出せる、君はそういう性格
 だろ。」
「…いくつか確認をさせて。」

キングの意志はほぼほぼ固まっていたが、有馬に挑むということに対する不安と恐怖が消えたわけではない。ベテランがそれを払拭する返答をするか否かで決めようと畳みかける。

「まずファン投票の話なんだけど、ここでラストランだなんて
 謳って票集めしたりしないわよね?」
「そんなことする必要がない。」
「じゃあ選ばれなかったら?」
「ここに関しては本当に絶対と言っていいくらいだ、選ばれる。」
「有馬記念に私が出て、本当に勝負ができるの?」
「未知数だ。ここは絶対に勝負になるとは答えられない。」
「私自身が限界だと言っているのに?」
「有馬記念で限界を迎えよう、その為の今日の話だ。」
「さっきあなた、トレーナーとしての判断ではなくファンとしての
 希望で有馬に出ようって言ったわよね。」
「言ったな。」
「今私が話しているのはファンなの?トレーナーなの?」
「キングヘイローのトレーナーだ。」
「ああー、もう!!」

キングが髪をかきむしる。

「なんでそんなポンポン答えるのよ!?なんでそんなあっさりこの
 無謀って言える挑戦をトレーナーとしてって言えるのよ!?」
「ファンって答えて欲しかった?」



「断れなくなっちゃったじゃない!!」
「ぷっ……あはははははは!!」



珍しくベテランが声高に笑った。やれやれという表情で大きなため息をつきながらキングがうなだれる。

「まだ君の脚の火は消えちゃいない。この有馬記念で燃やし
 尽くすんだ。そうできるようにするのが、俺の君に対する
 最後の仕事だ。」
「…イヤよ、私。ラストランって決めた舞台で無様に散るのは。」
「そうなっても全部俺のせいにすんなよ。」
「解ってるわよ、もう!!こういう時ぐらい頼りになる事を言え
 ないの!?本当にへっぽこなんだから!!」


退部を一旦撤回し有馬挑戦への意志を固め、それに向けトレーニング内容を大幅に変更し舵を切ったあくる日。秋から冬への移り変わりが目に見えてくる12月の初旬。

有馬記念ファン投票結果発表。

キングヘイローは8位に選ばれ、有馬記念に出走登録した。



☆どうでもいいあとがき
この時のファン投票、屈健炎で復帰のメドが全く立っていないセイウンスカイが7位だったんですよ。
ウマ娘のキングなら絶対荒れてますよね。

[ 2022/01/31 00:47 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ②アグネスデジタル

「キングヘイローがまとめて撫で切った!!」

時計の針を大きく進める。そう、あの高松宮記念だ。
鮮烈な末脚が弾けて緑のドレスが先頭に躍り出るとスタンドは大きく揺れた。
栄光、そして念願のタイトルをようやく手にした実感は、全力を振り絞ってゴールを駆け抜けて、真っ白になった視界に色が戻ってきた時に彼女に去来した。


「っ………しゃああああああ!!」


ゴール板を越え、やっとの思いでする呼吸が整った時、彼女は雄叫びを挙げた。

ここに至るまでにあった色々な事。シニアシーズンの出だしは抜群だったが、その後は苦難の道のりが延々と続いた。どの距離、どんな作戦が自分たちに向いているのか模索する日々、勝てない苛立ちにベテラントレーナーと衝突することなど日常茶飯事だった。前任のルーキートレーナーとの再会もあった。クラシックの時と比べ今のキングはどう変わったのか、そこから見えるヒントはないか。ベテランにとっては苦肉の策であっただろうが、キングは意外にもすんなりと前任の助言を乞うことを許した。藁にもすがる思いで勝利を欲し、辿り着いたスプリント路線という選択。そして、今。

雄叫びを挙げ、天を見上げながら自分の足取りを振り返りキングは微かに笑った。
そして視界と共に徐々に蘇る音、声。
わああああああとスタンドが鳴り、揺れている。自分の勝利をこれだけの人が待っていてくれたという事実がキングにとっては意外だった。自覚していたのだ、今まで自分は良家出身であることをプライドとし意地を張っていた。だから生意気な振る舞いで自身を鼓舞し、くじけない様にしてきた。その様は周りから見たら愚かに見えるだろう、惨めに見えるだろうと。身の丈に合わない10度のG1挑戦、この11戦目、当初クラシックを夢見ていた自分が流れ着くようにもぎ取った短距離王の座。そんな自分の泥臭い勝利に、これだけの祝福を贈ってくれている。たまらなかった。

大勢の観客で埋め尽くされたスタンドの正面に戻る。歓声がより大きくなる。
見やると、中には涙している者も居る。
その気持ちへの嬉しさで震えるのを我慢しながら、大きく深呼吸すると彼女は拳を突き上げながらスタンドに叫んだ。


「待たせたわね!やってやったわよ!!」


更に大きくなった歓声を後に、彼女は颯爽と地下バ道へと去っていく。そこにベテランの姿があった。静かにキングに拍手を向けるベテラン、目には光るものがあった。

「おめでとう…本当におめでとう。」
「あなたでも泣くことがあるのね。」
「こんな時ぐらい意地悪なコト言うのはやめてくれよ、大体君だって
 明らかに涙を堪えているじゃないか。」
「ふふっ」

潤んだ瞳で意地悪に笑いながら、キングが腰に手をあて息をつく。

「色々あったけど、あなたのおかげよ。まさかダートまで走らされるとは
 思っていなかったけど。」
「長く苦しませてしまった、ここまで耐えてくれた君の勝利だよ。」
「ふふっ!でも…これで終わりじゃないわ。ここからよ。」

静かにそう言ったキングに、ベテランは涙を拭きながら、少しの間を置いて「そうだな」と答えた。控え室に戻る彼女の背中を見守りながら、彼は自身で感じた予感を確信し、唇を噛んだ。


引き続き短距離からマイルのレース選択でのG1取りを狙う二人だったが、その後は掲示板にすら入れない結果も多かった。しかしキングが以前のような癇癪を起こすかと言えば、そういうことは全く無くなった。まるで自身を達観しているかのような彼女の姿にベテランは胸が締め付けられた。
夏合宿を終え迎えた秋のG1シーズン、目標に定められたのは11月のマイルチャンピオンシップ。
トレーニングとミーティングを終え、一息ついているとなんとも言えない間が流れた。二人とも解っているが言葉に出せない、このレースの結果が出てからにしよう。


ここまでか


結局、このレースも7着に敗れた。勝者は芝のレースで勝利経験の無かったアグネスデジタル。そう言えば夏合宿中に割とキングが親しげにしていたなとベテランが勝者を見ていると、そこに歩み寄るキングの姿があった。スタンドからでは何を話しているのか聞こえないが、敗れたにも関わらず誇らしげな所作を繰り返すキングに

「なるほどね、彼女らしい。」

と、切なく笑った。その後、いつも通りねぎらいの言葉をかけるも

「次走予定や今後の話は後日にしよう、今日はお疲れさま。
 とりあえず明日はゆっくり休んで。」
「ええ、そうさせてもらうわ。お疲れさま、トレーナー。」

あっさりとした解散。高松宮記念以降、こういうやり取りばかりだ。


その翌日のことだった。ベテランのトレーナー室のドアを叩く者が居た。

「あの、アグネスデジタルと申しますけど、キングヘイローさんの
 トレーナーさんはいらっしゃいますでしょうか?」

意外な来客にベテランが虚を突かれる。昨日の覇者が何故?ドアを開けると小柄なウマ娘がキリっとした顔をして立っていた。アグネスデジタル、トレーナーの間では「不審者」「保健室の常連」「倒れているウマ娘が居ると言えば大体デジタル」などと噂される問題児。ウマ娘に囲まれたくてトレセン学園に入学したんじゃないかという話もある。

「キングなら今日は休みだよ?」
「ええ、そうだと思っておりました。だから伺ったのです。是非とも
 トレーナーさんとお話ししたくて。」
「俺と?」

夏合宿やマイルチャンピオンシップの時のこともある、そこでキングがデジタルにどんな話をしていたのかベテランは確かに気になった。

「君も疲れているはずだ、本来ならレース翌日は学園を休むものだろ。
 そこまでして私と話を?」
「私のトレーナーさんには内緒にしておいて下さい…でも、今日じゃ
 なきゃダメなんです。あのレースを終えて、キングさんが居ない今の
 状況だからこそ私も話せるんです。」

噂のような危険人物感はない。ベテランは真剣な表情で訴えるデジタルの話を聞くことにした。

「こちらもいくつか聞きたいことがあったんだ。夏合宿から昨日の
 レースにかけて、キングは君に随分と目をかけていたみたいだが。」
「はい、それはもう本当に良くして頂いて…」

キングがデジタルに矜持を示し、それがどれだけデジタル自身にとっての教えとなったか。そんな話を興奮気味にデジタルは話した。デジタルはキングの狂信的なファンで、その走りをずっと見続けていたことも。苦戦を続けた果ての高松宮記念の激走に心打たれて、その勝者本人から習った様々な心得はデジタルにとって本当に大切なものだと彼女は語った。だからこそ。

「本当に君はキングのことを慕ってくれているんだな。」
「はい!」
「なら、大体これから君が言わんとしていることも解るよ。」
「…」

誤魔化す様にキングに対するありがたみを語っていたデジタルが、寂しそうな表情に変わった。


「あの、トレーナーさん。キングさんは…トゥインクルシリーズを降りる
 おつもりなのでしょうか?」


やっぱりな、という表情でベテランは苦笑いしため息をついた。

「キングさんには諦めない心の持ち方、何度でも挑み続ける姿勢、そう
 し続ける為の不屈の精神力…色々教わりました。」
「あの娘も偉そうにそういうこと語るの好きだからなぁ。」
「偉そうではありません!偉いのですキングさんは!」
「悪い悪い。で、何故そんなこと思ったのかな。何か感じ取れる部分が
 あったってことだろう?」
「…マイルチャンピオンシップで勝った時のことです、キングさんが
 私のことを称えてくれたんです。その時…」
「その時?」
「なんか…もうキングさんと一緒に走ることはないんじゃないかって。
 あの時のご教授がまるで最後の様だったので…」
「そういうことか…やっぱりあの娘らしいな。」
「オールラウンダーを目差し、たくさんのウマ娘ちゃんと競い合い
 なさいって。でも、そのご指示の中にはもうキングさんは含まれて
 いないんじゃないかって言い方に聞こえて…」

ベテラン自身も気付いてはいた。そしてデジタルの話を聞く限りではキング自身もどうやら「ここまで」を自覚しているのだと理解した。

「あ、あの!もしや私ごときに負けてしまったことが、その!!」
「おいおいおいおい本人がそれ聞いたらキレ散らかすぞ?」
「…」
「そんなんじゃないよ、君は鋭いけど意外と傲慢だな。自分のせいで
 なんて言うとはね。」
「う…すみません…」
「嬉しかったんだよ、教えを託した君が勝ったのがまるで自分のことの
 様にね。そこを勘違いされたら俺だって怒るぞ。ただあの舞台が限界の
 決め所になってしまっただけだ。君もキングのことを見続けていたの
 なら解るはずだ。」
「…」
「不屈、とは言っても、キングの脚に残された火はもう消えかかっている。
 君があの娘に一番の眩しさを感じたのはいつだ?」
「高松宮記念です…というより、それまでは負けられてても色んな形で
 輝いていらっしゃいました。それが…」
「その後は輝かなくなってしまった、と。」
「…はい。」
「ちゃんと見てくれていたんだね、本当に。あの娘もこんな後任が居て
 くれるなんて幸せだろう。」
「後任だなんてそんな…!」


「実際俺もね、高松宮記念でそれを感じていたんだ。キングのあの末脚は
 読んで字のごとく一世一代のものだった。まるで人生のロウソクの前借り
 をするかのような輝きだっただろう。」


あの時のベテランの涙の正体。勝てた喜びも大きいが、キングの余力をほぼ振り絞ってしまったという、トレーナーとしての情けなさ。そして、キング自身もそれを理解してたというのに言い出せなかった無力さ。あの高松宮記念のレース後の会話が思い出される、それまでのキングならば

「おーっほっほっほ!ここからキングのG1連勝街道の幕開けよ!
 更なる高みへ向けこれからもビシバシいくわよ、トレーナー!」

といった感じになるはずだ。その後のレースでも、負けたなら

「あなたの指導が悪いのよ、このへっぽこ!」

となるのがそれまでの通例だった。日毎に達観していくキングに、本人も解っているだろうがと思いながらも言い出せず今日まで来てしまった。そして、アグネスデジタルに感づかれる程、キングの火はやせ細ってしまった。


「未だに俺はトレーナーとして未熟なんだ。あの娘をここまで
 追い込んでしまってから、自分の情けなさに気付くとはね。」


アグネスデジタルは気まずそうにベテランの話を聞いていた。それに気付くとベテランはばつが悪そうに照れ笑いした。

「すまんな、おっさんの泣き言なんか聞かせてしまって。」
「いえ。でも…」
「でも?」
「実は、キングさんが一番眩しかったのは高松宮記念って言いましたけど、
 レースももちろん素晴らしかったのですが、一番かっこよかった瞬間って
 レース後だと思ったんです。」
「レース後。走っている姿ではなくてか。」
「はい。念願のG1に届いた時の雄叫び、大勢のファンの前での勝ち名乗り、
 これこそが皆が見たかったキングヘイローだって雰囲気の中でそれに応える
 キングさんの力強さと麗しさときたらもう…あ、すいません。ヨダレ出た。」
「…!!」

ベテランがハッとする。やはり自分は無能なトレーナーだ、まだ気付くことはあった。

「やっぱりキングは幸せな娘だよ、君に見ていてもらえたんだから。」
「はい!?」
「今日は話をしにきてくれてありがとう、デジタル。色々参考になる部分が
 あった、今後に活かさせてもらうよ。」
「ちょ、今後!?だってさっきまでしんみりとキングさんはもう限界だと、
 その、私もそうなんじゃないかって言いましたけども!?」
「すまん、仕事ができた。君も疲れているだろう、トレーナーに見つから
 ない様に気を付けて帰るんだぞ。」
「仕事ぉ!?」


「このまま終わるのはもったいない、そんな気がしてきたんだ。」




※どうでもいいあとがき

このあとベテラントレーナーは次のプランの資料集めに出かけますが、取り残されたアグネスデジタルはトレーナー室でキングのお宝を家捜ししました。

[ 2022/01/23 23:48 ] 雑感 独り言 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ①邂逅

「気に入らないわね、皆あの人のことばかり気にして…
 このレースは、この私のラストランの舞台なのよ!?」


シニア期2年目、その年の最後の大舞台、有馬記念。キングヘイローの最後のレース。
栄誉あるグランプリレースという最高のラストランの場で、彼女はひたすらに苛立っていた。


話を大きく遡る。
それは彼女のクラシック期だった2年前の年末に、同じ有馬記念に出走した後のこと。

トレセン学園側の指示で彼女は担当トレーナーを変えることになる。

もちろん、双方の意志ではない。彼女を担当していたトレーナーは将来が有望視されていた新人で、その彼自身が見惚れて自分からスカウトしたのがキングヘイローだった。
同期には錚々たるメンバーが居たが、その中で必死に食らいついていこうとするキングにこそ自分は相応しくなりたい。そういう想いで彼女に声をかけた。皆がスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイらに目を向ける中で自分に着目し、熱意あるスカウトをしてくれた新人トレーナーの誘いは、キングにとっても本当に嬉しいものだった。強がる姿勢を見せながらもキングは彼とトゥインクルへ漕ぎ出す決意を固めた。


「二人で一流を目指そう、本物の一流になろう」


しかし現実は甘くない。
いざトゥインクルシリーズへと歩み出した二人だったが、ジュニア期こそ順風満帆に終えたものの、クラシックで目覚めた怪物達の壁にことごとく跳ね返される。
ダービーは特にひどかった。新人トレーナーはダービーに向けてのトレーニングメニュー編成もおぼつかず、当日は指示もろくに与えられない状況。キングヘイローもその不安を受けた上にダービーという空気に飲まれ、レースで制御不能に陥り惨敗してしまった。栄光の舞台で喝采を浴びるスペシャルウィークの影で二人して顔を真っ青にしてうなだれた。
そして三冠戦を無冠で終えた二人に追い打ちをかける出来事が、有馬記念の直後に待っていた。

「再試験です。ちょっと貴方には感情的になりすぎるところがある。
 今期で挙げた成績は決して悪くはありませんが、それは貴方の手腕というより
 ウマ娘自身の力。それだって出し切れていたかと聞かれたら『はい』と答え
 られますか?」

再試験ということは、一旦とは言えトレーナー資格を返上しなければならない。理事室のトレーナー担当者の言葉に彼は何も言い返せず唇を噛んだ。トレーナー室でキングにこの事を伝えた後、長い沈黙が流れた。そして


「どうして『戻ってくるまで待っててくれ』とか言えないのよ!?
 二人で一流を目指そうって言ったのはあなたなのよ!?」


机をバンと叩きながら立ち上がり、顔を真っ赤にしてキングが言い放った。涙が溢れていた。
彼女にこんな想いをさせて、こんなことを言わせてしまった自分が情けなくなり、彼の震える背中が一層縮こまった。言葉が「ごめん」しか出てこない。


「何度もへっぽこって言ってきたけど!!ここまでへっぽこだとは
 思っていなかったわ!!さよなら!!」


乱暴にトレーナー室の扉を閉めてキングは走り去ってしまった。
新人トレーナーは椅子に座りながら、手で涙を抑えてひたすら「ごめん」と繰り返した。

トレセン学園の対応は早く、その二日後に新たなトレーナーの打診がキングに届いた。
正直、母の言うとおりにトゥインクルから降りた方がいいのではないかと考えていたキングは、素っ気ない返事をしつつも話を聞くことにした。名乗りを挙げたのは前任のルーキーから一転、老練という表現が似合うベテラントレーナー。

「君がキングヘイローか、待ってたよ。」
「ふん…何よ?」

高飛車なキングに、あくまで飄々と対応するベテラントレーナー。彼はその界隈では知られた人間で、丁寧かつ安全なトレーニングをモットーに数々のウマ娘を育てあげてきた。その姿勢は他のトレーナーからも参考にされ『先生』と言われる程のものではあったが、ハードなトレーニングを課さないことから奪取できたG1タイトルは決して多いとは言えない。
「まあ、そんな斜に構えずにかけたまえよ」
ベテランはコーヒーを注ぎキングに差し出す。ぶ然とした表情を浮かべつつもキングは腰を降ろした。

「いきなりだが、機嫌悪くさせていいか?」
「はあ!?」
「俺は場つなぎだ、アイツから頼まれてな。」
「どういうことよ!?」

面談というにはあんまりな出だしにキングが激昂する。
そうなるよなあという表情でベテランはカリカリと頭を掻いた。

「君の前任だよ。アイツに懇願されてね。」
「そんなことはわかるわよ!!」
「懇願された…というよりは、俺がこうしたらどうだ?って勧めて
 今日こうなってるんだけど。あ、アイツの再試験は来週だって。
 まー受かりはするだろうね。」

キングはあからさまにイライラしていた。前任の態度も、このベテランの態度も気に入らない。あれだけ熱意と誠意を感じたスカウトをしておきながら場つなぎで他のトレーナーに自分を任せようとするという行為が信じられなかった。すぐに戻って来れるというのに。だが。

「長い場つなぎになりそうだけどな。君がアイツに怒りを覚えるのは
 当然のことだが、俺だってアイツも君も壊したくはない。どういう
 場つなぎかと言うと、俺がアイツを『一流』と認めるまでだ。」
「ど、どういうことなの…?」

コーヒーを一口すすりベテランが一つ息をつく。表情は相変わらず柔和ながらも、眼光がそれまでより暗くなった。キングは雰囲気の変化にこわばった。

「一緒に一流になろう、一緒に頂点を掴もう。そう言って一年も経たず
 トゥインクルから去って行ったトレーナーとウマ娘はごまんといる。
 そんな姿を何度も見てきた。」
「私たちがそうなるとでも言いたいの?」
「そうなる一歩手前だよ、君達は。ここを甘く見ない方がいい。」
「最初から甘くなんて見ていないわ!何故なら私は一流の…」


「一流を目指している、だろ。」


キングがくっとたじろぐ。キングも新人トレーナーも一流という言葉を目指してトゥインクルに船出をしたが、それで一流に近づくことすらできていたのだろうか。遠ざかってはいなかっただろうか。


「ウマ娘のトゥインクルでの期限というのは本当に短い。だから皆、
 焦ってしまうんだ。それにトレーナーの焦りまで乗っかったらどう
 なると思う?『こんなはずじゃなかった』を延々繰り返すんだよ。
 俺が君とアイツに約束してほしいのは『焦るな』ということ。

 その上で言おう。君には、君の目指す『一流』の素質がある。
 それを見抜いたアイツにも『一流』の素質がある。
 でも、素質があるだけでは『一流』にはなれない。

 君にもアイツにも素質を磨く時間が必要なんだ。それは決して一朝一夕で
 成せないことだと理解してほしい。同じ様なことをアイツにも言ったが、
 『ならば彼女に本当に相応しいトレーナーになるまで』って…本当に
 解ってんのかね?簡単じゃないぞってコトなんだけどさ。ただ、アイツは
 本気だよ。相応しい自分になって、今度こそ君と一流を掴む気だ。」


キングは理解した。図星を突かれた様で悔しくもあったが、それだけこのトレーナーが自分のことも前任のことも見ていてくれたと。警戒を解き、冷めたコーヒーをクイッと飲むと、キングはベテランに尋ねた。

「ねえ。あの人と私、どっちが先に一流になれると思う?」
「二人共、時間は掛かるだろうねえ。」
「じゃあ競走ね!」
「…君、アイツとの解約の時に滅茶苦茶キレてたらしいけど、何?
 やっぱり自分のところに戻ってきてほしいの?」
「そ、そんなんじゃないわよ!?私はあんなへっぽこトレーナーに負けるのが
 イヤなだけなの!!先に一流になって笑ってやるんだから!!
 いいわ、あなたに私を一流にする権利をあげるわ!!」
「…君もアイツも似たようなものだな、わかってる?絶対に焦るなよ?」
「わ、わかってるわよ!!あんなヤツと一緒にしないで頂戴!!」



そうして始まったシニア期は、キングヘイローにとって更なる茨の道となる。
あの高松宮記念、そしてこのラストランである有馬記念に至るまで。



※どうでもいいあとがき
やっちまいました、ウマ二次創作。
「アプリ版と史実をクロスオーバーさせて、史実寄りにキングのラストランを書いたら面白いんじゃないか」ってのを実行したわけですが、この時点で想像以上にいっくんをヒドイ目に合わすことが確定。あらすじ的に次回くらいまで邂逅が続きますが、なんとか書ききろうと思います。有馬記念の馬の字は変更できてないけどご容赦ください。

[ 2022/01/17 00:15 ] その他 | TB(0) | CM(-)