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ラストラン ⑤枠順抽選会

その日の午後、学園のカフェテリアには多くのウマ娘達が集まっていた。
目的は食事ではない、今からテレビで生中継される有馬記念の枠順抽選会を見る為だ。
有馬記念ほどの大レースになると普段はなんてことのない枠決めも一大イベントとして行われる。出走するウマ娘によるくじ引きで枠が決まるのだ。

有馬記念__それはファンにとってもウマ娘達にとっても特別なレース。
ファン投票により選ばれなければ出走が叶わない、ウマ娘達の憧れの舞台。出走するウマ娘達は、もうそれだけで学園生徒達の憧れと言っていいだろう。だからただの枠決めでもこれだけのウマ娘達の注目を集めるのだ。学園側も、高みにあるウマ娘の姿を見せることによる意識向上があるとして、この時間を自由時間にしていた。

集まって固唾を飲む面々の中には、もちろんキングと同期の4人とハルウララの姿があった。

「キングちゃん、いい枠が引けるといいんだけど。」
「んー、なんか思い切った作戦があるみたいだし、極端に外じゃ
 なければどこでもいいんじゃない?」
「ケ!?また逃げちゃうんデスか!?ダービーみたいに!?」
「そういうことじゃないと思いますよ、エル。」
「キングちゃんがんばれー!!」
「まだがんばるところではないですよ、ウララさん。」

間もなく始まる生中継を待つ彼女達に、2人のウマ娘が話しかけてきた。

「あの、皆さんもキングの枠順抽選を見に?」
「あなた達は確か…」
「あ!キングちゃんといつもいっしょにいる人だ!キングコールの!」
「ええ、そうです。こんにちは。」
「キングコールガールズですネ。」
「エル。」

キングを慕う2人の後輩。キングに目をかけられて、いつの間にやら行動を共にする様になった彼女達も、この生中継を見に来ていた。

「キングが『必ず見なさい、私の勇姿を目に焼き付けるのよ』って。」
「本当にキングって大げさですよね、枠順抽選会で勇姿って。」

笑いながらそう言う2人にセイウンスカイが諭す様に言った。

「きっと見せてくれるよ、勇姿を。」

キョトンとする2人。不思議な空気感が漂う中、枠順抽選会がスタートする。

出走するウマ娘達が次々とくじを引き、出走に向けての決意表明をする。その度にカフェテリアが大いに沸いた。そして割と早い段階でキングヘイローの順番がやってきた。

「さあ、続いてはキングヘイローさんです。」
「おーっほっほっほ!よろしくお願いするわ!」
「では早速くじを引いて頂きましょう!」

ドラムロールが鳴る中、くじの入ったボックスに手を入れるキングヘイロー。くじを引きドラムロールがバンっと止まるのに合わせてカメラに向けて勢いよくくじを開いた。


「キングヘイローさんは5枠10番での出走になります!!」
「微妙ね!!!!!」


司会者の発表に間髪入れずにそう答えたキングの姿にカフェテリアはドッと沸いた。後輩の2人も「キングったら」とけたけた笑っていた。司会者がインタビューを続ける。

「キングさんは今年、高松宮記念を制し、それからも短距離や
 マイルを中心に走り続けてこられましたから、出走登録をした
 ことに驚いた方も多いと思うのですが。」
「でしょうね。」
「何故、という聞き方はおかしいかもしれませんが、今回の有馬参戦
 を決定した理由というのはあるのでしょうか?」
「私に『この舞台に立って欲しい』と言ってくれる人がこれだけ居る
 んだもの、断る理由は無いわ。」
「ファンの為に出走を決めた、と。」
「ええ。」

優しい顔で受け答えするキングを一同は真剣に見ていた。

「こういう距離を走るのは本当に久しぶりだと思うのですが、それでも
 キングさん自身がそうしたかったということですね。」
「もちろん心配することも多いわ。でもこの時の為のトレーニングは
 積んできたつもり。無様な姿をみせる為に出る気は無いわよ。」
「なるほど。」
「それに、一流のウマ娘が集まる一流の有馬記念こそ、一流である私の
 トゥインクル最後の舞台に相応しいと思わない?」
「え!?」

司会者とカフェテリアが同じ反応をした。スタジオに居合わせたウマ娘達も同様に。


「トゥインクルシリーズでのキングの走りはこれで見納めよ!!
 しっっっかり目に焼き付けておくことね、おーっほっほっほ!!」


もう少し詳しく聞こうとする司会者の横を、高笑いしながらキングはスタスタと退いてしまった。

「えー…大変な発表だったのでもう少しお話を聞きたかったんですが…
 どうやらキングヘイローさん、これがラストランということらしいです…」

呆然とする司会者、ざわめくカフェテリア。同期組も後輩の2人も事態が飲み込めていない。

同じ時間、トレーナー室でその様子を見守っていたベテランの姿があった。
「やってくれるね、お嬢様。素晴らしいエンターテイナーっぷりだ、
 最高のお膳立てだよ。」

セイウンスカイも同じ様なリアクションをしていた。
やれやれといった表情でポツリと呟く。
「こういうとこは流石だよね、キングって。」

知っている者以外は動揺が隠せないままだった。2人の後輩は肩を寄せ合い涙を流していた。スペシャルウィークとエルコンドルパサーは言葉を失い立ち尽くしていた。グラスワンダーは薄々感づいていたのだろう、拳を握りしめながら瞳でキングを応援するかのようにモニターをキッと見つめていた。
そんな中、意外な反応をしたのはキングと同室のハルウララだ。彼女はキングのインタビューをまるで自分のことの様に誇らしげに、嬉しそうに見ていたのだ。

「うんうん、やっぱりキングちゃんはかっこいいね!」
「え…ウララちゃん、キングちゃんがトゥインクルを降りることを
 知っていたの?」
「ううん。しらなかった。」
「え?じゃあどうして驚かないの?キングちゃん、走るのやめちゃう
 んだよ?」


「何言ってんのー、スペちゃん。キングちゃんは走るのやめたりしない
 んだよ。『つぎのぶたい』にいくんだよ。それに、スペちゃんもセイ
 ちゃんもエルちゃんもグラスちゃんも、走るのやめてないじゃん!」


4人がハッとする。後輩の2人も「えっ」という表情でウララの言葉を聞いた。


「ウララね、ちょっとまえにキングちゃんが元気ないなーってかんじる
 時があってね。もしかしてキングちゃん、走れなくなっちゃうん
 じゃないかって、こわくなったときがあったんだ。
 だから聞いたの、キングちゃんに『走るのやめちゃうの?』って。

 そしたらキングちゃんがね、あたしに『それはやめることができない
 ことなのよ』って、わらいながら言ってくれたの。『トゥインクル
 シリーズがおわっても、つぎのぶたいがあるの。レースで走ること
 だけがすべてじゃないのよ』って。

 そのときのキングちゃんはちょっとさびしそうだったけど、いまの
 キングちゃんはすごくかっこいいの!ウララもキングちゃんみたいな
 かっこいいウマ娘になりたいな!」


ウララは気付いていない。自分が今、どんな表情でそれを言っているか。
さっきまで誇らしげにニコニコしていた彼女の顔は、今も笑顔を絶やしてはいないが勝手に流れてくる涙でぐしゃぐしゃだ。


「でも、もっともっとレースで走るキングちゃんがみたかったな!」


改めてキングがトゥインクルを降りるという事が理解できたのだろう、ウララは溢れてくる涙を止めることができなかった。スペシャルウィークがウララの肩を抱き「そうだね、そうだね」と慰める。我を取り戻したエルコンドルパサーがスカイに詰め寄る。

「スカイ、知ってましたネ?」
「知ってたというよりは、気付いちゃってたんだよね。」
「どうして言ってくれないのデース!」
「今日こうやって皆を驚かすことができたんだから、キングとしては
 大成功なんじゃないかなぁ。」
「私もなんとなく、そうなんじゃないかとは思っておりましたが。」
「やっぱりグラスちゃんも感づいてたか。」
「ケ!?私だけデスか!?」
「いや多分スペちゃんも…」
「知りませんでしたぁ…」

スカイが、まだ泣いているキングの後輩2人に声をかけた。

「君達も知らなかったんだね。」
「はい…」
「キング…」
「でも、ウララちゃんの言った通りだよ。ここで2人が泣いちゃってどう
 するのさ?キングが走ることをやめるわけじゃないんだよ?君達が
 ずっとメソメソしてたらキングだって走りにくくなっちゃうよ。」
「そう…ですよね。」
「…うん。」
「もうやれることはただ一つ。キングを応援してあげて。」
「「…はい!」」

カフェテリアの喧騒を余所に枠順抽選会は進行していく。今回の有馬記念の主役は言うまでもなくテイエムオペラオー、とうとう彼女の順番が回ってきた。学園でも聞き慣れた高笑いがモニターから流れるとウマ娘達は「いよいよだ」と注視した。そして___

「テイエムオペラオーさんは4枠7番での出走となります!」
「はーっはっはっはっは!さすがボク!走る前からセンターを取って
 しまうとは、まるでウイニングライブのセンターが誰であるか暗示
 しているようではないか!!」
「いや、センターではないのですが…16人出ますし…」

オペラオーが引いたのは全体のほぼ真ん中の7番。
それを見てベテランはトレーナー室で一人、苦い顔をした。


「随分と面倒くさいところを引いてくれたものだな」


この時、カフェテリアの片隅のテーブルに一人離れて枠順抽選会を見守っていたウマ娘の姿があった。
アグネスデジタルだ。
全ての抽選が終わりウマ娘達が解散していく中、彼女は一人残り何やら考えていた。

「おい、アグネスデジタル。枠順抽選会はもう終わったのだぞ。
 自由時間終了だ、早く教室に戻れ。」
「ひゃっ、エアグルーヴ先輩!!あわわわすみません、すぐに
 戻ります故!」

エアグルーヴに注意され慌てて戻るアグネスデジタルだったが、この時にある決意を固めていた。


「…用意をしなければ!!」



☆あとがき
実際のところ、確かキングヘイローは有馬記念終了後に引退を発表したんじゃなかったっけかな。
なのでお話としての演出みたいになっちゃいましたがお許しを。

で、ウマ娘のゲームの方でアドマイヤベガが実装されましたが、双子だったけれど兄弟は堕胎されてしまったというエピソードが全面に出されたヘビーなストーリーらしいですね(ウチには来てねえ)。
こうなると困っちゃうことが。

アドマイヤボスの描き方どうしよう…

アドマイヤベガの全弟である彼が、例の有馬ではかなり重要なポジションになるんですけど…そのままアヤベさんの妹として登場させるべきか否か。そんなヘビーなシナリオが公式で出された上で「別の妹も居たの!?」って展開はどうかなぁ。

や、そのままアヤベさんの妹として出そうと思います。その方がオペラオーとの絡みも強くなるし。

[ 2022/02/20 01:46 ] その他 | TB(0) | CM(-)

ラストラン ④マイ・ジェネレーション

「ふあぁ…おはよー…」
「もう『おそよう』じゃなくて?」

セイウンスカイが気だるそうに朝練のグラウンドに姿を見せた時、キングヘイローは既に走り込みのメニューを消化していた。

「ケガ人には優しくしてくださいよー。」

この時、セイウンスカイは脚の腱を傷めていた。朝練と言っても本格的なトレーニングはできない。腱の怪我は非常に厄介だ、完治し辛いし再発もしやすく、競走能力も著しく低下してしまうケースが多い。セイウンスカイも例に漏れず長期の戦線離脱中、だが彼女はトゥインクルシリーズを降りるという判断をしなかった。復帰に向け、せめて筋力が落ちない様にと脚への負担の無い軽めのトレーニングを続けている。

「あ、セイちゃん!やっと来た!」
「スペちゃんおはよー。」

スペシャルウィークはもうトゥインクルシリーズを退いた身だったが、スカイの復帰を応援しようと一緒に朝練を続けていた。グラウンドの反対側には並走するグラスワンダーとエルコンドルパサーの姿もある。スカイの姿を見つけたエルがこちらに元気良く手を振っていた。
トゥインクルを降りたと言っても走るのをやめるということにはならない。彼女達はステージに残り戦い続けているキングとスカイのサポートの為、そして自身の鍛錬の為に今も走り続けている。

「セイちゃん、ビッグニュースだよ。」
「なになに~?」
「キングちゃんが有馬記念に出走登録したの!」
「…ほぉ。」
「もう、スペシャルウィークさんったら、いきなりその話?」

前のめり気味になるスペシャルウィークとは対照的に、セイウンスカイは妙に冷静というか、つまらなさそうとも取れる素っ気ない反応をした。当のキングはそれを気にする様子も無く、汗を拭いながらドリンクを飲んでいる。そこに並走していたグラスワンダーとエルコンドルパサーが合流してきた。

「キングもイジワルです、隠してましたネ?グラスはどう思います?」
「サプライズですよね、うふふ。」
「サプライズってことじゃないわよ、ファン投票あっての登録でしょ。
 あの結果を見て登録したのよ。」
「あ、自慢デス。天狗になってます。テングヘイローです。」
「ちょっとエルコンドルパサーさん!?」

同期である彼女達。少し前までは互いをライバルとして凌ぎを削り合ってきた仲だが、それ故に友情というものも深まった。だからこそ今こうしてターフに残る二人を応援し、切磋琢磨し続けている。

しかし、キングヘイローはこの4人と肩を並べて扱われることが少なかった。クラシックを無冠で終えてからは戦場をマイルや短距離を中心に移し、彼女達と戦う機会は減り、その世代の担い手の一人として見られていなかった___
と、キング自身はそう思っていた。

「スペシャルウィークさん、グラスさん、中山2500mを走りきる上での
 コツみたいなものがあったら教えて。これからのトレーニングに反映
 させたいの。何しろ時間が無いんだもの。」
「あー…それはグラスちゃんの方がー…」
「コツ、ですか。そうですね…まずスタートしてからペースが固まるまで…」

前年の有馬記念で死闘を演じた二人にキングがアドバイスを乞う。
その様子をセイウンスカイはぼんやりと眺めていた。

「スカイ元気ないですね。脚痛いですか?」
「そうじゃないよ、でも、なんかね。」
「でも?」
「ううん、なんでもない。エルちゃん、ストレッチの補助頼んでいい?」
「?…わかりました、お安いご用デス。」
「キングが有馬記念かあ…」
「キング、ちょっと前までなんかおとなしかったけど、最近は元気デス!
 安心しました!」
「朝からあんな感じだったの?」
「一番乗りでしたよー、張り切っているのデショウ。」

ストレッチをする二人にキングが話かけてきた。

「スカイさんの脚の怪我、まだ治るまで時間掛かるのね。」
「うん、まだまだ掛かっちゃうみたい。」
「そう…」
「うーむ、しかしキングには悪いコトをしてしまいました。まさか
 有馬記念に出るとは。計算外デス。」
「へ?どういうこと?」

「合宿中にオペラオーを更に強くしてしまいました!!」

エルコンドルパサーは何故か自慢気に腰に手を当て不適に笑いながらそう言った。
テイエムオペラオー。キング達の一つ下の世代のウマ娘で、この年のシニア中長距離G1を総ナメにしている猛者だ。当然この有馬記念でファン投票1位を獲得し出走登録もされている。
前年の有馬記念でオペラオーと対峙したスペシャルウィークとグラスワンダーも話の輪に加わってきた。

「オペラオーさん、昨年の有馬記念の時も充分強かったけど…」
「今年のオペラオーさんからは異質な強さを感じます。エル、更に強くなった
 とは、彼女とどの様なトレーニングを?」
「ビーチプロレスデース!!」
「プ、プロレス…?」
「オペラオーは私のプロレス仲間なのデース!!キングもプロレスすれば
 強くなれますよー!!」

エルの突拍子もない発言にキングの頬がひくついた。これには流石のスペシャルウィークも苦笑いをしていた。
「プロレスはともかく」
グラスワンダーが優しく笑いながら話を断ち切り、キングに言う。

「オペラオーさんが強いのは紛れもない事実、有馬記念で勝つにはまず
 あの方を倒さねばなりません。キングさんには私達の分まで力を出し
 切って頂かないとなりませんね。」

グラスの微笑みが冷酷にも思えてしまったキングが、溜め息をつきながら返す。


「あなた達の分までって、重すぎよ?」


一同が「確かにそうかも」と笑う。ただ一人、セイウンスカイを除いて。



放課後。

「ちょっと時間いいかな?」

セイウンスカイがキングに声をかける。朝練から今に至るまでスカイの様子が少しいつもと違うと感じていたキングは、少し間を置いて「ええ」と答えた。
夕暮れの女神像前、ベンチに腰をかける二人。周りには誰も居ない。
セイウンスカイが切り出す。

「皆に言ってないでしょ?」
「有馬記念のことは急だったの。」
「そうじゃなくて。」
「…」
「やっぱり。待っててくれないんだね。」
「…あなたが戻ってくるのが遅すぎなのよ。」

セイウンスカイは気付いていた、これがキングのラストランであるということを。

「わかりやすすぎ。でもスペちゃんとエルちゃんは言わないと気付かない
 だろうね、グラスちゃんは解ってるんじゃないかな。」
「はー…まあ、隠しているつもりもないのだけど。」
「あーあ、残念。復帰したらまずキングをけちょんけちょんにしてあげようと
 思ってたのになー。」
「それはこっちのセリフだわ。このままじゃスカイさんに一度もレースで勝て
 なかったことになってしまう、屈辱だわー…」
「言ってくれるね。」

寂しそうにセイウンスカイが笑う。その横顔を見ながらキングがスカイに尋ねる。

「私からもいいかしら。」
「どーぞ。」
「私は…あなた達のライバルだったのかしら?」
「…らしくないじゃん。」
「あなただから聞いてるの。」

スカイはちょっと呆れた様な表情を浮かべた。キングは至って真剣だった。

「どう答えて欲しいのか知らないけどさ、私はライバルだと思っているし
 皆もそう思っているよ。」
「…クラシックでは勝つことができなかった、シニアになってからは対戦
 することもままならなかった、そんな私があなた達のライバルと本当に
 思われているのかって。」
「…」
「グラスさんに『私達の分まで』って言われた時、嬉しい反面、本当に重く
 感じたの。おばかよね、一流ならば『任せて』くらい言えるはずなのに。」
「はぁ…やっぱキングって変なトコで真面目だよね。」
「…私は、あなた達のライバルとして有馬記念に立ちたい。でも、そうしても
 いいの?って気持ちもあるのよ。」
「キング。」
「…」


「絶対にそうして。ラストランなら尚更だよ。」
「…!」
「私達のライバルとして、私達の世代の代表として走って。」


スカイが彼女らしくない力強い口調で言い放つ。

「みんなしてもう…本当に重いわよ…」
「重く感じるのは皆が本気で言ってるからだよ。」
「実は私、今日の朝が怖かったの。有馬記念に出ることを皆に反対される
 んじゃないかって。トレーナーと考えて決めた出走だけど、長距離戦は
 もう無理だろう、無謀だろうって言われるんじゃないかって…」
「誰かそう言った?」
「誰もそう言わなかったわ…」


「だろうね。みんながライバルだから、キングのその挑戦を無謀になんて
 思えないんだ。グラスちゃんの言葉も本気だよ。」


傑物揃いの世代にあって、確かにキングの戦績は泥臭いものだった。それでも、その頂点を極めた同期達がキングの有馬記念出走を応援してくれるという、この世代のライバルとして走ってもいいという、あのテイエムオペラオーにも負けないでほしいと願ってくれているという事実が、実感が、キングに熱くこみ上げてきた。

「あれ?キング泣いてる?」
「スカイさんがらしくないことを言うからびっくりしちゃったのよ!」

最早何の言い訳にもなってない返しにスカイは笑い転げた。キングは瞳を潤ませながらもフンっと虚勢を張る。夕日が沈みかけていた。

「ラストランは枠順抽選会で発表するって決めているの。」
「ああ、なるほどね。」
「絶っっっ対にみんなにはそれまで内緒にしておくのよ!?」
「どうしよっかなぁ~。」
「んもうっ!!本当に頼むわよ!!」
「あはは、寒くなってきたね。帰ろ。」
「フンッ!」

それぞれの寮への帰路、他愛もない会話。さっきまでラストランの、有馬記念のことを話していたとは思えない軽い口論なんかをしつつ、その分岐点に差し掛かった時。

「キング。」
「何よ?」

スカイが右拳を握りしめ、キングに差し出した。
キングはその無念の詰まった拳に、自分の拳を合わせる。


「頼んじゃうよ。」
「わかったわ。」


そうして沈む夕日の方向に向かっていくキングは、スカイに一瞥もくれなかった。ただただ颯爽としていた。でも、少しだけ肩が震えているのが見て取れた。


「そういうとこだよ。気を遣い過ぎだよ、逆に残酷だよ。」


キングの背中が遠くなるのを見届けると、スカイはその場で泣き崩れた。



「復帰したい理由がまた減っちゃった」




☆どうでもいいおまけ

自分のことを頑なにフルネームで呼ぶキングヘイローを訝しむスペちゃんがセイちゃんに何故かと相談しました

「なんかよそよそしく感じちゃって。」
「スペちゃん。」
「はい。」
「キングはお嬢様だから皆を『ちゃん』付けで呼べないの。
 『さん』付けしかできないの。」
「それは知ってるけど…関係無くないかなぁ?」
「選択肢をあげよう。」
「選択肢?」

「スペさん、スペシャルさん、ウィークさん、
 スペシャルウィークさん。どれがいい?」
「…スペシャルウィークさんでいいです。」



自分のことを頑なにフルネームで呼ぶキングヘイローを訝しむエルがグラスに何故かと相談しました

「なんかよそよそしく感じマス。」
「エル、キングさんはお嬢様だから『ちゃん』付けで人のことを
 呼べないの。だから『さん』付けで呼ぶのよ。」
「知ってマス、だから『エルさん』でいいでしょう?」
「うーん…」
「うーん…」

「嫌われているのでは?」
「グラぁス」



☆あとがき

正直、ウマ娘というコンテンツを当初はナメておりました。何故牡馬まで美少女化しとるねんって。何でも美少女化すりゃいいもんでもないだろうと。
アニメでその印象はブッ壊されましたね、速攻で。

特にライバル同士の描き方が秀逸だなって思いました。
それまでの競馬ファンであればトウカイテイオーとメジロマックイーンは単なる敵同士であり、それぞれのファンだって「どっちが強いか」で論争を起こすように相容れないものだったと感じています。ウオッカとダイワスカーレットもそう。この2頭に関してはファン同士がケンカ
になる勢いあったもんね。それを親友として無理なく描けていたのには驚きました。
私が好きなのはライスシャワーの天皇賞出走を説得するミホノブルボンかな。無敗の三冠を阻まれたブルボンが、その相手であるライスシャワーに「あなたは私のヒーローだからです」って言うシーン。よくぞブルボンにそのセリフを言わせてくれたと、これは史実のブルボンが好きだった私としても本当に嬉しかったです。

で、アニメの1期である98年世代。ここのライバル同士の関係性こそ、その最たるものだと思うのですが、残念ながらキングヘイローはアニメで深く掘り下げられませんでした。スペシャルウィークを主役にして追いかけたら、そりゃ後半の出番は無くなっちゃうよね。

そして2期が終わる頃にゲームリリース。それぞれのウマ娘に設けられたシナリオ。

キングがクソかっけぇ……

この世代、当初はキングヘイローがクラシック有力候補筆頭ではあったものの、三冠レースではセイウンスカイに勝てず、ダービー以降はスペシャルウィークにも差を付けられ、別路線を歩むグラスワンダーとエルコンドルパサーの影にも埋もれて、確かにキングヘイローはこの4頭と比べて一枚も二枚も落ちる見栄えだったと思います。ゲームではデビュー時からこの4人に差を付けられている様な始まり方してますけど。
まあゲームなので多少慣れてくると簡単に4強に勝てる様にはなっちゃうんですけどリリース当初は「キングヘイロー難易度高い」ってよく言われてましたよね。あとライスシャワーは地獄とか。
実際難しかったなぁ、キング。だから当初は「負けることが前提」みたいな部分があったからこそのシナリオになっていて、初めてシナリオクリアした時にガッツポーズ出ちゃったのを覚えてます。

最終目標の天皇賞秋を勝つとキングヘイローが一緒に走っていたスペシャルウィークとセイウンスカイにこう言うんですよね。

「あなたたちのことが憎かった」
「なんで私はあなたたちと同じ年にデビューしてしまったんだろうって」

そう正直に言った後に「今はこの世代で良かったって思っている、私のライバルでいてくれて、ありがとう」って告げるんですけど、初期リリース組でこういう醜い感情を素直に出したのってキングだけなんじゃないかな?むしろ妬んだりしてそう思う方が普通なんだけど、アニメでは妬みを原動力にしてる娘は居なかったし。
他のウマ娘と比べて人として「生々しい」って思いましたね。そこが逆に素敵。

ウマ娘の二次創作というと、設定から成るカップリングとか各々のキャラ(あくまでウマ娘としての)を活かしたイラストやマンガが多いですが、元の競馬から入ってる身としては「このキングのキャラを史実側に落とし込んでみたい」って気持ちを突き動かされました。
その上で何故、題材を勝ってもいない有馬記念にしたか。


このゲームやってからあの有馬記念を見るとね、今までと違う物が見えてくるんです。


次回からは枠順抽選会と、その有馬記念へと移行していきます。
思っていたより長くなっちゃいましたがちゃんと最後まで書こうと思います。

[ 2022/02/12 00:32 ] その他 | TB(0) | CM(-)