fc2ブログ





ラストラン ①邂逅

「気に入らないわね、皆あの人のことばかり気にして…
 このレースは、この私のラストランの舞台なのよ!?」


シニア期2年目、その年の最後の大舞台、有馬記念。キングヘイローの最後のレース。
栄誉あるグランプリレースという最高のラストランの場で、彼女はひたすらに苛立っていた。


話を大きく遡る。
それは彼女のクラシック期だった2年前の年末に、同じ有馬記念に出走した後のこと。

トレセン学園側の指示で彼女は担当トレーナーを変えることになる。

もちろん、双方の意志ではない。彼女を担当していたトレーナーは将来が有望視されていた新人で、その彼自身が見惚れて自分からスカウトしたのがキングヘイローだった。
同期には錚々たるメンバーが居たが、その中で必死に食らいついていこうとするキングにこそ自分は相応しくなりたい。そういう想いで彼女に声をかけた。皆がスペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイらに目を向ける中で自分に着目し、熱意あるスカウトをしてくれた新人トレーナーの誘いは、キングにとっても本当に嬉しいものだった。強がる姿勢を見せながらもキングは彼とトゥインクルへ漕ぎ出す決意を固めた。


「二人で一流を目指そう、本物の一流になろう」


しかし現実は甘くない。
いざトゥインクルシリーズへと歩み出した二人だったが、ジュニア期こそ順風満帆に終えたものの、クラシックで目覚めた怪物達の壁にことごとく跳ね返される。
ダービーは特にひどかった。新人トレーナーはダービーに向けてのトレーニングメニュー編成もおぼつかず、当日は指示もろくに与えられない状況。キングヘイローもその不安を受けた上にダービーという空気に飲まれ、レースで制御不能に陥り惨敗してしまった。栄光の舞台で喝采を浴びるスペシャルウィークの影で二人して顔を真っ青にしてうなだれた。
そして三冠戦を無冠で終えた二人に追い打ちをかける出来事が、有馬記念の直後に待っていた。

「再試験です。ちょっと貴方には感情的になりすぎるところがある。
 今期で挙げた成績は決して悪くはありませんが、それは貴方の手腕というより
 ウマ娘自身の力。それだって出し切れていたかと聞かれたら『はい』と答え
 られますか?」

再試験ということは、一旦とは言えトレーナー資格を返上しなければならない。理事室のトレーナー担当者の言葉に彼は何も言い返せず唇を噛んだ。トレーナー室でキングにこの事を伝えた後、長い沈黙が流れた。そして


「どうして『戻ってくるまで待っててくれ』とか言えないのよ!?
 二人で一流を目指そうって言ったのはあなたなのよ!?」


机をバンと叩きながら立ち上がり、顔を真っ赤にしてキングが言い放った。涙が溢れていた。
彼女にこんな想いをさせて、こんなことを言わせてしまった自分が情けなくなり、彼の震える背中が一層縮こまった。言葉が「ごめん」しか出てこない。


「何度もへっぽこって言ってきたけど!!ここまでへっぽこだとは
 思っていなかったわ!!さよなら!!」


乱暴にトレーナー室の扉を閉めてキングは走り去ってしまった。
新人トレーナーは椅子に座りながら、手で涙を抑えてひたすら「ごめん」と繰り返した。

トレセン学園の対応は早く、その二日後に新たなトレーナーの打診がキングに届いた。
正直、母の言うとおりにトゥインクルから降りた方がいいのではないかと考えていたキングは、素っ気ない返事をしつつも話を聞くことにした。名乗りを挙げたのは前任のルーキーから一転、老練という表現が似合うベテラントレーナー。

「君がキングヘイローか、待ってたよ。」
「ふん…何よ?」

高飛車なキングに、あくまで飄々と対応するベテラントレーナー。彼はその界隈では知られた人間で、丁寧かつ安全なトレーニングをモットーに数々のウマ娘を育てあげてきた。その姿勢は他のトレーナーからも参考にされ『先生』と言われる程のものではあったが、ハードなトレーニングを課さないことから奪取できたG1タイトルは決して多いとは言えない。
「まあ、そんな斜に構えずにかけたまえよ」
ベテランはコーヒーを注ぎキングに差し出す。ぶ然とした表情を浮かべつつもキングは腰を降ろした。

「いきなりだが、機嫌悪くさせていいか?」
「はあ!?」
「俺は場つなぎだ、アイツから頼まれてな。」
「どういうことよ!?」

面談というにはあんまりな出だしにキングが激昂する。
そうなるよなあという表情でベテランはカリカリと頭を掻いた。

「君の前任だよ。アイツに懇願されてね。」
「そんなことはわかるわよ!!」
「懇願された…というよりは、俺がこうしたらどうだ?って勧めて
 今日こうなってるんだけど。あ、アイツの再試験は来週だって。
 まー受かりはするだろうね。」

キングはあからさまにイライラしていた。前任の態度も、このベテランの態度も気に入らない。あれだけ熱意と誠意を感じたスカウトをしておきながら場つなぎで他のトレーナーに自分を任せようとするという行為が信じられなかった。すぐに戻って来れるというのに。だが。

「長い場つなぎになりそうだけどな。君がアイツに怒りを覚えるのは
 当然のことだが、俺だってアイツも君も壊したくはない。どういう
 場つなぎかと言うと、俺がアイツを『一流』と認めるまでだ。」
「ど、どういうことなの…?」

コーヒーを一口すすりベテランが一つ息をつく。表情は相変わらず柔和ながらも、眼光がそれまでより暗くなった。キングは雰囲気の変化にこわばった。

「一緒に一流になろう、一緒に頂点を掴もう。そう言って一年も経たず
 トゥインクルから去って行ったトレーナーとウマ娘はごまんといる。
 そんな姿を何度も見てきた。」
「私たちがそうなるとでも言いたいの?」
「そうなる一歩手前だよ、君達は。ここを甘く見ない方がいい。」
「最初から甘くなんて見ていないわ!何故なら私は一流の…」


「一流を目指している、だろ。」


キングがくっとたじろぐ。キングも新人トレーナーも一流という言葉を目指してトゥインクルに船出をしたが、それで一流に近づくことすらできていたのだろうか。遠ざかってはいなかっただろうか。


「ウマ娘のトゥインクルでの期限というのは本当に短い。だから皆、
 焦ってしまうんだ。それにトレーナーの焦りまで乗っかったらどう
 なると思う?『こんなはずじゃなかった』を延々繰り返すんだよ。
 俺が君とアイツに約束してほしいのは『焦るな』ということ。

 その上で言おう。君には、君の目指す『一流』の素質がある。
 それを見抜いたアイツにも『一流』の素質がある。
 でも、素質があるだけでは『一流』にはなれない。

 君にもアイツにも素質を磨く時間が必要なんだ。それは決して一朝一夕で
 成せないことだと理解してほしい。同じ様なことをアイツにも言ったが、
 『ならば彼女に本当に相応しいトレーナーになるまで』って…本当に
 解ってんのかね?簡単じゃないぞってコトなんだけどさ。ただ、アイツは
 本気だよ。相応しい自分になって、今度こそ君と一流を掴む気だ。」


キングは理解した。図星を突かれた様で悔しくもあったが、それだけこのトレーナーが自分のことも前任のことも見ていてくれたと。警戒を解き、冷めたコーヒーをクイッと飲むと、キングはベテランに尋ねた。

「ねえ。あの人と私、どっちが先に一流になれると思う?」
「二人共、時間は掛かるだろうねえ。」
「じゃあ競走ね!」
「…君、アイツとの解約の時に滅茶苦茶キレてたらしいけど、何?
 やっぱり自分のところに戻ってきてほしいの?」
「そ、そんなんじゃないわよ!?私はあんなへっぽこトレーナーに負けるのが
 イヤなだけなの!!先に一流になって笑ってやるんだから!!
 いいわ、あなたに私を一流にする権利をあげるわ!!」
「…君もアイツも似たようなものだな、わかってる?絶対に焦るなよ?」
「わ、わかってるわよ!!あんなヤツと一緒にしないで頂戴!!」



そうして始まったシニア期は、キングヘイローにとって更なる茨の道となる。
あの高松宮記念、そしてこのラストランである有馬記念に至るまで。



※どうでもいいあとがき
やっちまいました、ウマ二次創作。
「アプリ版と史実をクロスオーバーさせて、史実寄りにキングのラストランを書いたら面白いんじゃないか」ってのを実行したわけですが、この時点で想像以上にいっくんをヒドイ目に合わすことが確定。あらすじ的に次回くらいまで邂逅が続きますが、なんとか書ききろうと思います。有馬記念の馬の字は変更できてないけどご容赦ください。

[ 2022/01/17 00:15 ] その他 | TB(0) | CM(-)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tiltowait0hit.blog.fc2.com/tb.php/1455-03949f86