ウマスレイヤー 06

【06】


「ぐー・・・ぐー・・・」
「・・・」


薄暗い安モーテル「ケムマキ」の一室、ひと組の男女はひとしきり前後上下し合い終えたところだ。
気だるそうに女は、自分の咥えたタバコの煙を目で追った。男は余韻も残さず疲れ寝ている。
物足りなそうに女はオモチャを手に取るも、事後の虚しさに苛まれる。彼女はこういうことが嫌いなのだ。
スイッチを入れて切ってを繰り返した後、オモチャをベッドの下に放り投げた。


「・・・ぐごっ」


やかましいイビキが断続的にモーテルの一室に轟く。
彼はサケに酔っている、彼女もまたサケの力を借り、日頃の鬱憤を晴らしていた。よくあることだ、他愛もない。
道徳?倫理?ファック。
彼も彼女も正論が嫌いであった。当たり前を振りかざす者が嫌いであった。
正論を語る権力者に苦々しさを感じると、彼らは発散するかの様に前後をする機会が多かった。



それを言って何になる?皆がそう言ってるのに何故そうならない?仕組みを考えよう、そうか、だから皆が言ってる
ことは具現化されない。

・・・そこを考えるのが、彼らの努めだから。
当たり前のことを、さも得意気に並べる者とは気が合わない、ひねくれた者同士なのだ。



タバコはなかなか減らない。彼女の愛飲しているタバコは無添加だ、可燃材が入っていない。
箱売り価格は高くても、吸うのに費やす時間が掛かるこのタバコを彼女は愛飲していた。「アメリカ魂」である。
ちりちりとセンコ花火めいて、少しずつ自分に向かってくる突端に「お前は安上がりだな」と、
自傷でもするかのように彼女は嘲笑した。また後で吸おうと、一旦火種を消す。


「シャワー、浴びてくるね。」
「んあ?」
「シャワーだよ。」
「あぁ・・・ぐぁ・・・」


寝言なのか、解って言ってるのか解らない彼に、彼女がクスリと笑う。
つまり彼と彼女の仲は、深からず浅からずといったところだろう。そういう関係だということだ。


「いいよ、寝てて。ゴメンネ。」
「んあ」


彼女は何故か彼に謝りベッドを降りる。
酔いを醒まそうと、頭や手足を振った。息を大きく吸い、そして吐き出した。
モーテルの窓から外に見えるネオンが、おぞましいアトモスフィアを紡ぎ、彼女の目に映る。

サケのせいにしたくはないが、彼女は自身で眩暈を感じていた。
ぐらりと歪む視界は、冷静になった今だからこそのものだろう。彼との戯れの時、彼女のニューロンはクリアだった。
脳内アドレナリンのおかげで快楽のみに重点が置けたのだ。今はそれが冷めている。
冷ややかな酔いの醒めを彼女は呪った。

なんで、何度も繰り返してしまうのだろうと・・・
しかし、その呪いは彼と彼女にとっては慣れであった。

一糸纏わぬ姿で頭をボリボリと掻きながら、彼女はバスルームに歩み進んだ。
そのモーテルのバスルームはまるで、モーテルとは思えない民宿めいたものだ。
小柄なバスタブ、ただ一つ付けられたシャワー、ショーワを感じさせるスケベイス、洗面器・・・
それは正にゼンの空気漂うチャシツの様である。
彼女はその、清潔感の乏しい殺風景が嫌いではなかった。

洗面台の鏡に映る自分は、目が死んだ魚の様だ。
しかし、それに対しても無感情だった。これだって今に始まったことではない。
こうなった仕組みを知っているにも関わらず、やめられないのだから。

誰が見ているわけでもないのに、彼女は洗面台脇に置かれたタオルで体の正面を隠し、
風呂のスライド扉に手をかけ、静かに開けた。


それが、いつもと違う惨劇の始まりになるとも知らずに。


唐突に声なきアイサツが、風呂場の右上の壁から彼女の肌にグロテスクに絡みつく。
それまで感じられなかった気配が、急激に存在感を増し、その姿が彼女の網膜に焼き付いた。


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「ドーモ、はじめまして・・・・・
 アシダカグモです。」




彼女は凍りついた。


「アイエエエ!?クモ!?クモナンデ!?」


声は出ていない。動くこともできない。彼女は現実から逃げるように風呂場の扉を閉めた。
フー・・・っと息をつき、うなだれ、頭をブンブンと振る。
こういう時、全裸の人間は無力だ。全裸であの禍々しいクリーチャーに勝てるはずがない。
絶望感、虚無感、背徳感、様々な負の感情が溢れる。男を呼ぼうか?いや、それはできない。
アイツのほうが確か、私よりもムシに弱い。
全く頼りにはできないだろう。

・・・意を決した彼女は再び風呂場の扉を開けた。


「ドーモ、アシダカグモです。」


微動だにしていない。全く同じ位置からクリーチャーは再び声なきアイサツをする。
彼女は知っていた、このクリーチャーは本気を出すととんでもないスピードを出す。もしもその
速さで襲いかかられたら、自分は手も足も出せずに蹂躙されてしまうだろう。

少しでも距離を取り、退散を願う彼女は武器を手にとった。スケベイスである。
これでクリーチャーを追い詰め、この場から去ってもらおう。しかしもし、手に持ったスケベイスに飛び移って
きたらどうする?想像するだけで彼女の目に涙が溢れる。しかし、やるしかない。

体の前側は左手に持ったタオルで隠し、右手に持ったスケベイスでクリーチャーを牽制する。

するとクリーチャーは壁を音もなく高速移動!!
「いっ」彼女が声ともつかない嗚咽を漏らし硬直する。


しかし、彼女の作戦は的確であった。クリーチャーは思った通りの方向に動いてくれた。
ハッ、所詮はクリーチャーだ!頭脳戦で負けるわけがない!
彼女はほんの少し自信を持った。あと少しで、この不気味な怪物を風呂場の扉から外へ追い出す
ことができる。戦ったら負けてしまうが、戦う必要などないのだ。

果たせるかな、彼女はクリーチャーに対し終始腰を引いた状態で、スケベイスを手に牽制する。
その姿は、傍から見たら凄まじく滑稽なものであったろうが、彼女は至って真剣だ。


作戦は速やかであった。クリーチャーは彼女に襲いかかることもなく、扉の外へ逃げた。
急いで扉を閉め、彼女は手に持っていたスケベイスを置き、大きく息を吐いて腰掛けた。


気が付くと、事後よりも遥かに多く汗が吹き出している。
まだ安心はできていない。ひょっとしたらまだこの空間には、別のクリーチャーが居るかもしれない。
先ほどのクリーチャーが再度侵入してくるかもしれない。油断するにはまだ早い。
神経を研ぎ澄ませながらも、彼女はシャワーヘッドを手に取った。
今度もし現れたら、このシャワーで殲滅すればいいか・・・残酷な想像が頭をよぎるものの、彼女は
幼き頃に「クモは殺してはいけない」と教えられ、それを守り続けていた。やはりクモは殺せない。

こんなにリラックスできないシャワータイムも、なかなか経験できるものではない。そう考えると彼女は
少しだけ自分がおかしくなり、一人で辛そうに笑った。
存在を確認しなかったら感じていなかったクリーチャーの気配、その幻が周囲に痕跡を残している。
今となってはどこから出てきてもおかしくない。彼女は研ぎ澄まされた。

手早くシャンプーを泡立て、頭を洗う。一番危険な瞬間だ、視界が無い状態なのだから。
この最中に、もしもあのクリーチャーが背後から襲いかかってきたら・・・そんなホラー映画めいたことを
想像しながら、彼女は素早く髪を洗った。強がっていても彼女の脳裏にはくっきりと、あのおぞましく巨大な
クリーチャーの姿が焼きついているのだ。
シャワーの水圧を一番強くしシャンプーを一気に洗い落とすと、彼女はまず周囲を見渡した。居ない。

「よし」

小さく呟き、身の安全を確かめる。視界の無い時間は終わった。
ようやく安心できる、今現れても何とか対応できるだろう。
彼女は先ほどの洗髪とは違い、今度は丁寧に体を洗いはじめた。


・・・しかし、戦いはまだ終わっていない。

「先ほど、私はあのクリーチャーを外に逃がした。風呂場を出たらまだ居るかもしれない。
 その場合のシミュレーションをしなければならない。」
彼女に油断は無かった。

タオルを固くしぼり、体を拭くと、彼女は意を決して扉に左手をかけた。右手には再び、金色に輝く
スケベイスが握られていた。


ガララッ!!
扉を開けながら周囲を確認!!
壁、床、天井、よし居ない!!

もう一度確認!!
よし、やはり居ない!!




安堵しながらも、彼女は舌打ちした。
実は、彼女はこの時、ある程度離れた場所に居るクリーチャーを確認したかった。
姿が見当たらないのは、それはそれで不安である。どこに居るのか解らないのだから。
離れた場所に確認できれば、その動向に注意しながら全裸状態とオタッシャできる。
つまり、姿が見えない今は、まだ油断できる状態ではないということだ・・・


そう、彼女は決して油断していなかった。油断などしていなかったはずだ・・・


とにかくすぐに服を着たい、やはり一糸纏わぬこの姿だから不安なのだ。衣服の有無は
人の強さにも影響するのかもしれない、哲学めいた禅問答を自分の中で繰り広げ恐怖を紛らす。
そして洗面台に置かれたバスタオルを手に取り、周囲を警戒しつつ広げた。



「ドーモ、アシダカグモです。」


おお、なんたるヒレツ!!クリーチャーは畳まれた
バスタオルの間に潜んでいたのである!!



「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!
 イヤーッ!イヤァーッ!!」



至近距離に突如出現したクリーチャーに、彼女は冷静を失った。腰をぬかし脱衣所にペタンと
座り込み、必死にバスタオルを振り回し、絶叫しながらそれを放り投げた。

さすがにベッドで寝ていた彼が何事かと起き上がり、彼女に駆け寄る。


「どうした!?」
「・・・でっかいクモがいた。」
「でっかいクモ。」


彼は、涙を止めることができない彼女にやれやれといった表情を浮かべた。それは、たかが
クモで大騒ぎして・・・という意味ではなく、久方ぶりに彼女の女らしく弱々しい姿を見たからだ。


「クモとかだめなのか。そういうの平気だと思ってた。」
「だって・・・あんなでっかいの・・・」
「ははは、かわいいとこあるじゃん。」
「クモどこ?」
「・・・居ないぞ、お前の声に驚いてどっか行ったんだろ。あのブン投げたバスタオルは何?」
「そのバスタオルやだ。さっきクモがくっついてた。」
「世話のやけるこった。」


彼女もまた、彼を頼りにするのは久方ぶりである。自分の方が強いと思っていたから。
せっせと自分の世話を焼いてくれる彼に、なんだか心がくすぐったくなる感覚がした。
彼は洗面台に置かれたもう一つのバスタオルを取り、広げてクリーチャーの存在を確認する。
異常が無いことを確認し、彼は彼女にバスタオルを渡した。
「ありがとう・・・」彼女はそれを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。まだ肌に水気を帯びたしっとりとした質感、
そして未だに涙で潤んだ瞳と、珍しく殊勝な態度に、彼は再び欲情した。


「続きしようか。」
「・・・」


彼女はむくれて、返事を避けた。彼はその様子を見てクスクスと笑った。
彼女の放り投げたバスタオルを片付けようと彼が拾い上げる。
「そりゃ体拭こうとして、コレにでっかいクモが付いてたら泣いてもおかしくな・・・」



「ドーモ、アシダカグモです。」
「アイエエエエエエエエエ!!」



なんたるヒレツ!!クリーチャーはまだそこに
潜んでいたのだ!!彼は恐慌状態に陥り腰を
抜かした!!パニックを起こし、咄嗟に動いた
弾みでスネをベッドの角に強打、悶絶!!



・・・再び放り投げられたバスタオルには、まだクリーチャーがしがみついていた。
服を着た彼女は、ハンガーで恐る恐るそれをつまんで部屋の外に出し、そのままハンガーを器用に
使いクリーチャーを廊下に逃すと、そのバスタオルを回収してゴミ箱に捨てた。
そして先ほど一旦消したタバコに火を点け、パニック状態の彼を見て冷静を取り戻した。


「・・・」
「アイエエエ、アイエエエ・・・」
「・・・続きする?」
「アイエエエ・・・」


結局その日、二人の前後上下が続けられることは無かった。



~つづく~




弟子「ウマスレイヤーじゃなくて、コレはアンタが
 日曜にラブホで体験したハナシじゃねーか!!」

俺「サヨナラ!!」




※でもアシダカグモ=サンはゴキブリ=サンを食べてくれる、とってもいいクモなのですよ♥
 ・・・まぁ、要するに、あのラブホテルにはどちらも居るってことにもなるんですが。




[ 2015/07/20 23:22 ] ウマスレイヤー | TB(0) | CM(8)

真剣に、真剣に読みましたのに!!


次はどうなるのだ!?
[ 2015/07/20 23:42 ] [ 編集 ]

あまりにも細かい描写に、ん?こりゃぁ実話ぢゃねーのか?と思わせるほどの・・・マタヨシ先生を凌ぐ執筆に後半まで引き込まれてしまいました。
オチは期待通り
[ 2015/07/21 00:06 ] [ 編集 ]

全裸でおびえながらスケベイス片手にクモと戦う師匠・・・・・



イメージするだけで・・・・・フィヒッフィヒッ!
[ 2015/07/21 00:54 ] [ 編集 ]

うん、うん

この物語はあれですな

‘友達から聞いた話なんだけど云々’

で、実際は自分の体験談ってパターン(≧∇≦)

いやぁ~読み手を引き込む文章力と

想像力をかき立てながらも一気に読ませるスピード感

good job!
[ 2015/07/21 08:30 ] [ 編集 ]

田舎で婆ちゃんに庭の水やりを頼まれて、ジョウロに水を入れてたら底にアシダカクモ=サンがいたらしく。
慌てて這い出て、腕を登られたことがあります。
デカいので最初見るとパニックになりますが、よく見るとカコイイですよね。
おっしゃる通り益虫(虫?)ですし。

ただあれ見た後で、スケベする気にはならんな。

ユーロビート&吉原騎手痺れた!
[ 2015/07/21 11:49 ] [ 編集 ]

師匠とまぐわった相手方は、きっとオスのカマキリのような末路を辿るんでしょうね…。

師匠さぁ…、せっかくクモ=サンが名乗ってるんだから挨拶はきちんと返しましょうね。
とりあえず、記事のタイトル変えた方がいいと思います。
[ 2015/07/21 22:56 ] [ 編集 ]

「ウマスレイヤーだからといって必ずウマが出てくるなんて誰が決めた?」
という師匠の高笑いが聞こえてきた…

ともかく、読者としては(クノイチではないけど)入浴シーンが出てきたことに感激。
ええと、バスタブと脱衣所があれば入浴してなくても入浴シーンなのです。きっと。
[ 2015/07/21 23:10 ] [ 編集 ]

アシタカさんは良い蜘蛛だぞ!
弟子ちゃんが書いてるようにゴキ食べてくれるんだぞ!
いらなかったら俺にくれ!
[ 2015/07/22 10:16 ] [ 編集 ]
立札4

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